ブログ【二次小説 更新情報】祝いの桝酒

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皆さん、こんにちは。台風19号が接近していますね。東海から西は、上陸免れるのかな。

今日は、仕事もひと段落したので会社を休んで家で台風接近に備えています。

明暁に向かいての番外編「祝いの桝酒」をアップしました。「船徳」のつづきです。

秋から、翌明治十二年春ごろまでのエピソード。この頃は、戦役から二年経って世相は落ち着いて来ています。斎藤さん一家も上京して五年が経過して、ようやく落ち着いて暮らしだした頃。

「ちはやぶる」のまじない札は、江戸時代に流行ったもので、人々は古今和歌集から様々な諧謔を生み出し、楽しんだことが伺えます。この歌は百人一首でもよく知られています。

ちはやぶる神世も聞かず竜田川から紅に水くくるとは

川面が一面に紅葉で真っ赤になる美しいさまを詠んでいます。歌を詠んだ在原業平朝臣は、当代の色男でした。そのせいか、江戸近世の黄表紙では、「千早」という名の遊女と「竜田川」という力士との艶話っぽい小噺にされています。挿絵では、千早の部屋の行灯に、「ちはやぶる」の呪い札がさかさまに貼ってあって、昔の諧謔本は洒落も凝っていて面白いものが多いです。

ずっと以前に、千鶴ちゃんの屯所の部屋に虫が出て大騒ぎになる話を書いていたのですが、お蔵入りしていて、今回、天野家のエピソードに書けて良かったです。

シリーズの登場人物の年齢を振り返ってみました。明治十二年、斎藤さんは齢35、千鶴ちゃんは30歳。二人とも男盛り女ざかりでしょうか。斎藤さんの壮年期って、素敵すぎます(*’ω’*) 土方さんは、44才。お多佳さんは、33歳。夫婦とも厄年を過ぎた頃。斎藤さんの子供は長男が6才、次男が満1歳。斎藤さんの部下は、二人とも25才。おさよが20才。ユキが19歳。天野の叔父が60歳。

明治の頃の一般的な年齢や寿命の感覚は、現代とは違って非常に短いです。平均寿命が50歳ぐらいですから。人生60年。当時45歳ぐらいまでが、仕事の現役という感じだったようです。日本人の平均寿命は第二次世界大戦後、医療の発達で飛躍的に伸びます。それ以前は、子供は6歳までに亡くなる事が多く、人々の年齢や寿命に対する感覚は全く違っているように思います。

斎藤さんは70歳過ぎるまで生きられます。江戸、明治、大正。三つの時代を生きられた。激動のエポックです。小説では、老年期の斎藤さんや土方さんを描くことはありませんが、土方さんも長命で、日本の工業の土台を築くことに貢献していかれるだろうと思っています。

もう書ききれなかったプロットもあと一話を残すことになりました。いま番外編シリーズフィナーレになる話をじっくり書き進めています。

それではみなさん、この週末はくれぐれも息災にお過ごしください。

台風が無事に列島から早く過ぎ去って行きますように。

ちよろず

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