野試合

野試合

文久二年九月

 朝、家で出掛ける支度をしていると姉の勝が廊下から声を掛けて来た。

 障子を開けて部屋に入って来た勝は、部屋の隅に置いてあった着替えを綺麗に畳み直して広げた風呂敷の上に手際よく置いている。繕い直した白足袋も一緒に入れてくれた。

「これを、お持ちなさい」

 姉が畳の傍らに置いていたのは、鬢油の入った小さな油壺だった。木の蓋で栓をしてある小さな焼き物の壺は、姉が大事にしているものだった。

「奉納仕合ともなれば、禊もしなければならぬはず。そのような散ばらな恰好では、罰があたります」
「髪は、油をつけずとも纏めていられる」
「何を言っているのです。ちゃんと結い上げなければなりませぬ」

 めずらしくお勝が自分に小言を言った。昔から姉は髪をおろした自分の姿を素浪人のようだと残念がっていた。道場通いをしていた頃は、それでもちゃんと髪は結い上げていた。剣の師匠が亡くなって、行き場がなくなった時に風呂で油を落とした髪をそのまま肩の上で纏めた。もう高価な鬢油をつける必要はない。どこかに出仕出来る境遇でもない自分には、鬢を結い上げるのは身分不相応だと思った。

 姉自身、この鬢油を買うために内職をしている。そのような苦労をして入手したものをわざわざ使う気になれなかった。

「元結を新しいものにしている。姉上が大切にしている油を使う気はない」
「これは、良いのです。先月、沢山請けた縫物があって、それでいつもより沢山買えたのですから」
「はじめに一壺渡したとて、誰の迷惑にもなりません」

 自分は頷いて、礼を云った。姉の勝は丁寧に手拭で壺を包むと旅行李に詰めて差し出した。本当なら、野試合の見物に行きたいけれども、府中までわたしは出られません。母上が、晴れ舞台だからと言って、この襷を。そういって、真新しい木綿で作った襷を着替えの一番上に載せると、手際よく風呂敷を結んで差し出した。

「武運を祈っています。道中気を付けて行くのですよ」
「私は、これから御用で下谷まで行って参ります」

 お勝はそう言っていそいそと部屋を出て行った。普段は、殆ど顔を合わすことが無くなった姉の勝は、昔からいつも自分のことを気に掛けてくれていた。試衛場に通うようになって、出稽古の日銭を稼ぐようになって、少しは実入りを家に置けるようになった。だがそれも微々たるもの。母親も姉も手に内職を持って、家計を支えている。いっその事、自分は試衛場の食客となって家を出た方がよいかとも思う。

 陽が高くなる前に家を出た。試衛場に立ち寄り、総司たちと一緒に道場を出発した。道場主の近藤先生は既に前日に江戸を出発して府中入りしていた。もともと調布村出身の先生は、親類縁者が武州多摩に多く住まう。地元での大きな野試合は、天然理心流の華やかなお披露目の場であり、門人のほとんどが野試合に参加する。この奉納仕合の為に、府中宿に大きな店を日野の佐藤彦五郎が貸し切りで用意しているという。もう秋風が吹く中、街道を歩くのは開放されたような気分で気持ちが良い。道中は、平助、左之助、新八、総司と賑やかな一行と一緒だった。それもあるのだろう、あっと言う間に布田に着いた。街道の茶屋で休憩して、すぐに府中に向かった。日没に宿に着いた時、既に土方さんや井上さん、日野の道場主の佐藤彦五郎さんが広間に集まっていた。

「お久しぶりです」

 土方さんや井上さんに会うのは夏以来だった。夕餉の席は「軍議」と称されていて、近藤先生が大きく広げた紙に陣形を描いたものを皆に見せて、明日の野試合の作戦を立てた。自分は、飯を勢いよく食べると、集中して皆の話を聞いていた。

「本陣の我らは、勝ち抜き戦の行司役も兼ねている」
「紅白戦では、どちらかの陣につくが、それは明日の引き札で決まる」
「野試合は、戦を模したものだ。敵組と一騎打ちで刀を交えることになる」
「陣形は肝要。皆、今夜決めた立ち位置をよく覚えておくように」
「明日の朝、仕合場に行って稽古をするのは、半刻ほどだ」

 ここまで説明があった所で、陣形の位置を皆で確認しあっている間に、座敷にどんどん酒が運び入れられた。自分は驚いた。仕合の前に宴会を開くのか。

「待ってましたー」
「やったー」

 平助や新八が大声を上げて喜んでいる。皆に、土器(かわらけ)が配られ、お神酒入れで酒が注がれた。

「明日の必勝を願って、皆の者、三献の杯だ」

 静粛な気分で杯を空けた。そのあとは酒の肴が出て来て、飲めや歌えやの宴会となった。近藤先生は嬉しそうに皆が騒ぐのを眺めていた。普段は酒を飲まない土方さんも微笑みながら、杯に口をつけていた。大騒ぎをする新八たちが、宴をお開きにする際に、皆で「えいえいおー」の掛け声で鬨を合せた。




*****

 翌日は快晴だった。早朝に起き出して、荷物を持って神社に向かった。総司と六宮所の前で稽古した。総司の動きは恐ろしく切れがよい。身体が温まるぐらいで互いに、力をためておこうと云って手を止めた。宮所の前の地面には細かな砂利が敷き詰められていた。稽古の後に、平助も加わって、熊手で地ならしをしてから水を撒いた。社務所から宮司と使いの者が来て、一緒に幕を張って仕合場を作った。

 宮司は榊を捧げるように、各陣を祓って廻る。近藤先生に呼ばれて禊をしに行った。久しぶりに鬢をつけて髪を結った。総司も平助も自分の身支度をみて驚いていた。

「へえー、はじめくんも結い上げる時あんだ」
「随分、気合入ってるじゃない」

 総司が冷やかすようにそう言って笑っている。平助が「なんか、いい匂いすんな。これ、すっげえ上等の鬢油じゃねえの」と壺を持って、しきりに匂いを嗅いでいる。自分は荷物をまとめて控え間に向かった。そこでは、既に本陣の面々が全員揃っていた。近藤先生が最後の軍議だと言って、勝ち抜き戦行司の進行と、紅白戦の陣形の確認を行った。

 軍目付の総司と土方さんは、既に胴巻をつけて木刀を床に突き立てている。土方さんの深紅の胴巻には、金で家紋が入ってあった。西の方の白軍の大将である佐藤彦五郎は、対照的に藍の胴着に胴巻、鉄扇を持って堂々と座っている。左手で持っている打刀はとてつもなく大きな長物で、大きく反りあがった鞘の拵えは見事だった。自分は気が付くと、彦五郎の刀に引き寄せられるように近づいていた。自分が嘗め回すように見ているのを見て、彦五郎は目の前で鞘から抜き身を出して見せてくれた。素晴らしい。業物とは言えないが、その力強い大振りな太刀に溜息が出た。彦五郎は上背が大きく、手足が長い。このような大太刀を振り回すには、余程の鍛錬を必要とする。輝くような刀身を見て、彦五郎と自分は互いに微笑みあった。仕合には木刀を使うが、陣構えでは全員が二本差しで礼をする。自分は真剣で居合斬りを奉納する予定だった。軍奉行の役目。責任重大だ。自分は彦五郎に会釈をして立ち上がった。さあ、いよいよ仕合の始まりだ。

 西の方と東の方、それぞれに分かれた勝ち抜き戦の後、決勝仕合が行われた。自分は準決勝まで進み、村田道場の門人に破れた。総司は、西の方代表として決勝戦に立って、見事に優勝した。本陣の皆で、演舞と居合を奉納した。いつもより、集中して居合が出来たと思う。有難いことに、その集中は全く途切れることなく、紅白一騎打ち戦が始まった。

「山口、右翼はお前にまかせた。一気に斬り込むぜ」

 新八と肩を並べて互いに頷くと、「うりゃーーーーーー」と叫びながら新八は前に踏み出して行った。自分も一気に駆け出していった。敵は構えながら、前に迫って来た。木刀で一人、一人、討ちとって行く。

 ——真剣で斬られて死ぬところは、木刀で打っても同じ。

 これは総司と自分が互いに討ちあった型で証明出来ている。突きなら効果覿面だ。敵の前衛は全員崩した。どうだ。そう思った時だった、背後から「陣を崩すな」という先生の声が聞こえた。直後に敵陣から大軍が押し寄せて来た。

「お前ら、押されんなよ」

 気づくと、土方さんと総司が青眼に構えて陣の前に出て来ていた。自分はその右翼についた。迫る敵は全員斬る。

 ——斬るよ、はじめくん。

 総司の声が耳に聞こえた気がした。自分は低く踏み込んだ。皆の動きは一様だった。八双の構えで振り上げながら、走りの勢いでぶつかって来る。同じ動き。何人で来ようが同じだ。動きが単純過ぎる。胴ががら空き。自分は来る敵を次々に撃って、しつこく居座る者は振り返りざまに突きを入れて倒していった。撃たれた者は、陣へ下がる。気づくと、東の赤軍は半分以下の兵数になっていた。左翼で次々に相手を突いている総司の傍で、平助が飛び上がりながら、脳天に面を打っては、「おりゃー、一丁ありー」と叫んでいる。

 仕合終了の大太鼓が鳴った。赤軍は大将と残り五名。西の白軍は、十八名が残り、大将は無傷。結果は白軍、西の方の勝ち。皆が一列に並び、六宮所に礼をして奉納仕合を終えた。勝利の興奮と、大仕事をやり終えた達成感で、皆の眼がきらきらと輝いていた。自分は、襷と鉢巻きを取って控えの間に戻った。既に、氏子たちが手際よく仕合場の片付けを始めている。

「皆、ご苦労であった。見事な結果だ。今まで私が経験したどの野試合より、我が白軍が強かった」
「ほんと、敵も強かったけど、これだけ一騎打ちでやれたの初めてですね。先生」

 総司は嬉しそうに近藤先生の傍に立って頷いている。総司は、今日は勝ち抜き戦を入れて、三十人は仕留めたと自慢している。そうであろう、討ちあって負け知らずだったのは総司だけだ。近藤先生は、嬉しそうに総司の頭をぐしゃぐしゃと力強く撫でて笑っている。

「総司、非の打ちどころない出来だった。無敵の剣を奉納出来て、わたしも鼻が高い」

 総司がはにかむような笑顔で撫でられているのを、自分は横から眺めた。こんなに素直に嬉しそうな総司は初めて見た。いつもどこか冷めた様子で、斜に構えている総司が、こうしていると、自分より幼く感じるのは、総司の実の姉が道場に訪ねて来た時ぐらいだろうか。不思議だ。

「おい、宿に一番先についた奴から、一番風呂に入れるんだってよ」
「競争だ、みんな走るぜ」

 新八たちが門人たちに声を掛けている。自分も総司に肩を引っ張られるように、走り始めた。宿に着くと、女将が風呂を焚いて待っていて、総司や左之助たちとなだれ込むように風呂場に向かった。一日の汗や埃を流して、皆で背中を流しあった。

「オレさ、今朝、禊のとき、そっと【おてんぐさま】に力水かけたんだ」

 平助がそう言いながら、湯船の縁に腰かけた。皆に向かって、平助は自分の股間の【おてんぐさま】を見せびらかすようにぶるんぶるんと腰を振って笑っている。

「そのおかげか、今日はキレが良かったなあ」
「なに、【おてんぐさま】が振りキレてたって?」
「おおー、そうよ。おてんぐさまっつうか、丹田に力が入って、強く刀も振れて」
「つうか、禊の時って、そばに巫女のねえちゃんいたのに、褌とったのかよ」

 新八がばしゃばしゃとお湯を身体に掛けながら訊いている。とっちゃいねえよ。そう言って平助は笑っている。ちょいちょい、と掛けたんだ。

「それじゃあ、野試合の時は、あれだな褌一枚になって禊だな」
「うん、全員で【おてんぐさま】で願掛けだ」
「力水をそんな使い方するのもなんだけど、あっちのほうも効き目はありそうだ」

 皆がどっと笑っている。自分は、洗い場に腰かけて。頭の鬢をとって湯で流し続けた。湯船では、これから広間の宴会で酌女も呼ばれていると平助が騒いでいる。祝勝会。大いに呑んで騒げるぜ。確かに、今日の試合は見事に試衛館と佐藤道場の門人の勝利だった。近隣の旗本家人を始め、農民も仕合の見物に大勢来ていた。こういった野試合は、道場の大宣伝になる。既に、六宮所に来ていた見物人から入門したいと申し出る者が多くいたという。

「さあ、汗も流したし。これから飯と酒だ」
「女も」

 平助が嬉しそうに湯から上がって走るように風呂場から出て行った。自分は最後に風呂場を出た。外に吹く秋風が気持ちいい。総司と髪を乾かしついでに、廊下の欄干に腰かけて暫く話した。

「はじめくんと稽古積んだお陰で勝てたよ」
「この野試合は、同じ流派者との戦いだから、毎年力づくで打ち合うだけだったんだよね」
「でも、今年は違う手で撃った。はじめくんと八月に試した型。木刀でも相当相手は痛いはずだ」
「一撃一倒」
「真剣だとそうだよね」

 自分は頷いた。

「今日は、大勢の敵と斬り合う事がどんなものか、実戦とはどんなものか僅かだが知れた気がする」
「そうだね。でも、実際、真剣であの人数で斬り合うと、間をとったりしてられないね」
「ああ」

 総司は、それからずっと何も言わずに外を眺めていた。総司が拘る真剣での勝負。江戸で、道で誰かに絡まれ時とも違う。本当に相手と斬り合う実戦での勝負。そういった戦いに臨む時が来るのなら。それに備えていようと思う。隣の総司の横顔を見ながら、きっと総司も同じ事を考えているのだろうと思った。




*****

祝勝会の席で

 広間には、豪勢な膳が並べらえてあった。皆が風呂上りのさっぱりとした姿で席に着くと、土方さんの音頭で宴会の開始が告げられた。酒が全員に行き渡り、野試合の勝利を祝って乾杯した後は、呑めや歌えやの宴会となった。

 昨日とは違い、勝利の美酒は酔いのまわりが違う。隣の総司も珍しく杯が進んで、機嫌よく酔っぱらっているようだった。左之助が上半身裸になり、腹踊りを始め、平助が尻まくりをしてお道化ている。佐藤彦五郎も、手を打って大笑いしている。今夜は無礼講。何でもありらしい。いい酒だ。そう思った。こんなに楽しくて充実した日はそうはない。ここ府中で。江戸からも離れ、自分も開放された気分だった。宴会の席を見回しながら、試衛場の門人の顔をひとりひとり眺めて、自分が道場に通い始めて、まだ半年余りだという事に気づいた。不思議だ。もう何年も居たような気がするのは何故であろう。

 ふと土方さんと眼があった。顎を少し上に上げるようにして自分に微笑みかけた。自分は頷き返した。土方さんは不思議だ。滅多に会う機会はないのに、一緒にいる時は、こうして必ず見守ってくれるような所を見せる。

 ——山口、楽しんでるか。
  なんでもいい、なにか話せ。

 口下手な自分に、話をさせようとする。それは無理強いでもなく。自然な様子で。自分の話など、何も面白くはないだろうに。それでも、ずっと頷き、話を聞いてくれる。そんなところがあった。土方さんは気遣いの人なのだろう。商売で多くの人と渡り合う。天性のものなのか、細かい事に気づきながらも、大らかで人に気遣いをさせる事がない。それは、こういった席でもよく判った。土方さんは宴会の皆をぐるっと見回し、大人しそうにしている者に声を掛けて廻った。そして、宴もたけなわとなった頃、そのよく通る声で皆に呼びかけた。

「みんな、ちょいと呑んでる手を休めて、聞いてくれ」
「近藤さんから、話がある」

 そう云うと、隣に座る近藤先生を促した。先生は、咳払いをすると。「皆に、知らせたい儀がある」と話を始めた。

「皆も知っている通り、江戸の講武所に春から世話になっているんだが」
「今度、幕府が講武所の剣術指南役の募集を始めた」
「先日、わたしは自己推薦で、申し入れをしてきた」

 ここで一斉に拍手が沸き起こった。「よおっ、待ってました。四代目!!」と新八が掛け声を掛けている。先生は、嬉しそうに破顔して、首の後ろに手を廻した。

「ただ、申し入れをしただけで。指南役になれるかはわからん」
「来月の終わりに、試験がある」
「武術もだが、修学の考査も受けねばならん」

 修学の考査。記述の試験だろうか。役人になるのにそういったものが必要だと聞いたことはある。近藤先生は、学問にも熱心だと総司から聞いている。

「神田の講武所に通う傍ら、修学もやらねばならん。今まで通り、道場での稽古を怠ることは避けたいが、考査が近くなると道場を留守にすることも多くなるやもしれん」
「門人の皆には迷惑をかけることになる。とりわけ、出稽古にでてもらっている君たちには、
これまで以上に負担をかけることになる」
「だが、もし、指南役になれば、天然理心流を世に広める良い機会になる」
「試衛場の門人も増えるだろう」

 あとひと月の間、どうか皆に協力をお願いしたい。そう言って、先生は深々と頭を下げた。皆は、「いいですよ」「いいぜ」「つか、すげえよな」と其々先生に声を掛けている。先生は門人から応援してもらえる事が何よりも心強く嬉しいことだと言って、再度頭を下げた。そして、今日の野試合の勝利も幸先が良くて、この勢いで道場の稽古も頑張っていきたいと抱負を語った。佐藤彦五郎が、皆に向かって、「近藤先生の元で、剣術の腕を磨き、精進して、幕府をお守りできるよう。それが我々の使命だ」と力強く語ると、先生と土方さんが大きく頷いた。そして、再び土方さんが皆に、杯を持つように指示すると、「日々精進して、俺等の使命を果たす」と宣言をして、皆で誓いの杯を空けた。新八や左之助が、「えいえいおー」と声を掛け始め。皆が、声を合せて「えいえいおー」と鬨を合せた。

 宴会の翌日、佐藤道場の面々と府中で別れて江戸に戻った。土方さんは、翌週から半月近く、甲良屋敷の道場に世話になると云っていた。商売の都合もあるのだろう、出稽古の人員が増えるのは有難かった。自分は土方さんと行く小伝馬の道場を気に入っていた。門人と土方さんの相性が良かったというのもある。小さな道場だが、丸一日手合わせをして、それでもまだ続けたいと思わせる剣筋の良い門人が揃っていたからだ。道中に話を聞くのも大好きだった。土方さんが江戸に滞在する間、自然と総司と過ごす時間は少なくなった。総司が土方さんに寄りつかないというのもある。二人は旧い知り合いであることは確かなのだが、総司は恒常的に土方さんに逆らうことを信条としているようだった。土方さんも年上らしく、うまくあしらう時もあれば、こめかみに青筋をたてて怒りまくる場面もあって、その間に入る自分や平助は冷や冷やすることもあった。犬猿の仲。それとも違う。嫌いあってはいないだろう。むしろ、互いが気になって仕方がないのではなかろうか。

「ひっくり返せば、ありゃあ、互いに執心してるのが丸出しだ」
「俺らも古いつきあいだが、あの二人はわかんねえよ」
「ま、せいぜい、あの二人の諍いに巻き込まれねえこったな」

 左之助も新八もそう言って、二人の仲が険悪になるとそっと離れておくのがいいと忠告する。そうか。そうなのかと自分は思った。だが、自分は土方さんが江戸にやって来るのが楽しみだった。




つづく

 

→次話 大股開き その7

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