軽鴨隊【閑話】

軽鴨隊【閑話】

濁りなき心に その18

慶応元年十一月

 近藤が西国出張に出ている間、局長付きの小姓、相馬主計と野村利三郎は隊務の合間に千鶴の補佐に付いていた。

 千鶴は山崎に代わり、隊士の衛生看護で忙しく、最近は巡察も以前の半分の頻度でしか出られなくなった。その為に土方が相馬と野村を千鶴の手伝いにかり出した。
 ある晴れた日の朝、相馬と野村は蒲団を抱えて千鶴の後を付いて行き、北集会所の裏に拡げて干した。その次には大量の洗濯物を抱えて井戸端に向かい、三人で洗濯をした。その後、屯所周りの掃き掃除をした。千鶴の後を相馬と野村が付いて周る姿は、親鳥に列なる雛鳥に似て、左之助達は千鶴も含めて三人を「軽鴨隊」と呼んでいた。

「お、今日も軽鴨隊は精が出るな」

 新八が周り廊下から、大量に敷布が干された屯所裏を見て呟いた。掃き掃除をして集めた枯葉を運んで来た千鶴達は散り入れに仕舞うと、午後に焚き火で焼き芋をしようと相談をしている。芋の調達を相馬と野村が買って出て、千鶴が八百屋の場所を教えていた。

「少し遠いけど、三条の柳馬場通の八百屋さんは、いい品物を置いてるよ。六角堂がここで、この向こう」

 千鶴が地面に地図を書いている。

「あ、俺わかります。湯屋がある所ですね」、野村が応える。

「そう、柳湯。その三軒先」

「それじゃあ、俺達いって来ます。湯屋にも行きたいし」、野村が笑う。

「今日は二人とも非番なのに、朝から洗濯や掃除を手伝って貰えて助かった。有難う。ゆっくりして来てね」

「とんでもないです。もし、雪村さんも出られるなら、俺らと一緒に行きませんか」

 相馬が千鶴の顔を覗き込むように尋ねる。

「ううん、私はお昼の用意もあるし、外出は出来ない」

「そうですか」 相馬が残念そうに言う。

「今度、雪村さんの非番の時に一緒に湯屋に行きましょう。彼処は二階で講談も聴けるし楽しいですよ」

「俺、背中をお流しします」、野村が箒を持ち上げて笑う。

「馬鹿、俺が流すんだよ」と相馬が野村に肘鉄をして怒ると。

「じゃあ、俺、湯上りに雪村さんに、あん摩して差し上げます」、野村が大きく頷きながら笑う。

 千鶴はポカンと口を開けて、言葉が出てこない様子だったが。

「二人とも有難う」と言って笑うと、掃除道具を片付けて台所に向かって行った。その後に続いて軽鴨隊は消えて行った。

 一部始終を周り廊下から聞いていた新八は、顎に手をやって独り言ちた。

「おいおい、本当かよ。奴さん達。まだ気づいてないのか……」



***

 午後に相馬達が屯所に戻ると、千鶴は洗濯物を取り込んでいた。二人は千鶴を手伝った後に集めた枯葉で焚き火の準備をした。石を並べて竃の様にして芋を並べて、枯葉を燃やした。

 千鶴は周り廊下で洗濯物を畳みながら、相馬達が上手に焚き火をする様子を眺めていた。洗濯物を畳み終わると、敷布の交換をしに総司の部屋に行って薬を飲ませた。其れから、斎藤と平助が剣撃稽古を終えて戻って来たので、お茶を用意した。

「斎藤さん、平助くん、お疲れ様です。お茶を用意しました。お部屋に持って行きますね」

 千鶴は周り廊下から、表階段にいる斎藤達に声を掛けた。

 斎藤が部屋に入ると、直ぐに千鶴がお茶を運んで来た。

「今、落ち葉で焚き火をしているんです。お芋を焼いているので、出来上がったら、お持ちしますね」千鶴は笑顔でそう言うと、部屋を出て行った。

 斎藤はお茶を飲み終わると、北集会所の裏に行ってみた。千鶴達が焚き火を囲んで立っていた。斎藤の後ろから平助も廊下を歩いて来た。

「お、やってるな。軽鴨隊」平助はそう言って笑うと、草履を履いて、焚き火に近づいた。

「あ、平助くん、斎藤さん」

 千鶴が振り返って笑顔になった。

「もう直ぐ、焼き上がりますよ」

「相馬君達が、柳馬場通の八百屋さんで立派な【お薩】を買って来てくれました」

 千鶴は小ぶりな芋を取り出すと、竹串を刺して焼き具合をみると、二つに割って手拭いの上に並べた。

「どんどん焼いていますので、熱いうちに皆さんどうぞ」

 千鶴はそう言うと、焚き火の前にしゃがんで、芋を取り出した。

 相馬達は、美味い、美味いと喜んで食べた。

 一通り焼き終わると、千鶴は燃えた枯葉を集めて、井戸水を掛けた。

「お茶を入れて来ますね」そう言って笑うと台所に向かって行った。

「これ、美味いな。柳馬場通って、御使いに出るには遠いよな」、と平助は芋を頬張りながら話す。

「今日は非番だったんで、湯屋に行ったついでに八百屋に寄って来ました」、相馬が言うと。

「柳湯か?」、斎藤が訊ねた。

「そうです」

「あそこの湯は熱くて良い。俺は大浴場が出来るまで、巡察帰りに時々入りに行っていた」斎藤が微笑みながら話す。

「そうですか、俺、今日雪村さんをお誘いしたんです」

「彼処は二階の休み処でゆっくり出来るし、俺、いつも世話になっている雪村さんの背中を流したくて」

 此れを聞いた平助が芋を喉に詰まらせて咳込んだ。斎藤は目を見開いたまま言葉が出てこない。

 胸を拳で叩いて、やっと一息ついた平助が誤魔化すように言った。

「そうか、毎日忙しくしてるもんな」

「屯所の大浴場では、三番組の使っている間は俺らは風呂場には近づけないし良い機会だと思って」

「そうだな。お前らは、来てはならぬからな」

 斎藤は真顔で相馬と野村の顔を睨みつけた。

「そんで、誘ったら、何て言ってた?」平助がとぼけた顔で訊ねる。

「忙しいから外出は出来ないって。雪村さん、此の儘だと倒れてしまわないか、俺心配です」

 そう言う相馬の隣で、野村も真剣な顔をして頷いている。

「俺、局長が戻られたら、一度雪村さんの事話そうと思っています」

「話すって、何を?」、平助が訪ねる。

「働き過ぎって事をです。いくら土方さん付きの小姓でも。隊士全員の世話もして、幹部のお世話もしてじゃ、休む間もありません」

 斎藤は真剣な表情で相馬の顔を見詰めていた。

「わかった。俺からも雪村の事は副長に話をしておこう」

 斎藤は立ち上がると、相馬達に礼を言った。

 其処へ千鶴がお盆を抱えて戻って来た。

「すみません、遅くなりました」そう言って、お茶の載ったお盆を置いた。

 斎藤はお茶を一気に飲むと、千鶴に礼を言って廊下を土方の部屋に向かって歩いて行った。

 平助もそれに続いて、皆にお礼を言って斎藤の後を追いかけた。



***

 斎藤と平助が部屋に訪ねて行った時、土方は黒谷への報告書を書いていた。

「入れ」

 土方はそう言うと、筆を置いて二人を招き入れた。

「副長、お忙しいところを、すみません」、斎藤は一礼すると土方の前に正座した。平助もその隣に正座した。

「なんだ、二人して畏まって」

「お話があって来ました。雪村の事です」

「なんだ、あいつに何かあったのか?」

「いえ、別段。今、相馬と野村と話をしていたのですが、二人は雪村が激務で倒れないか心配だと。それは俺も常日頃思っていた事なので、何とかならないかと」

「相馬と野村に手伝わせているだろ」

「はい、あの二人は非番の日でも率先して雪村を手伝っています」

「良い事じゃねえか」

「あの二人が一緒に手伝っても、雪村は休む間もないと訴えています」

 土方は、微笑しながら斎藤を見た。

「昨日だったか、千鶴が突然俺のところに来て、相馬と野村が倒れるんじゃないか心配だと言ってな。お前ら二人の事もだ。巡察の範囲も拡がって、会津藩の調練と剣撃指南でも連日沢山の隊士の面倒見てるお前らが、倒れるんじゃねえかって、涙目で訴えてやがった」

 斎藤と平助は目を丸くしてお互いの顔を見あった。

「屯所を移ってまだ半年だ。皆やっと此処の生活に慣れて来ている。やれ隊務がきつい、規則は厳しいだの、給金が少ないだの、女が出来ただのって不満を言って新選組から逃げ出す連中がいる中、お前らみたいに互いに仲間の身体を気遣いあってるってのは」

「俺は、ありがたいと思っている」

 土方は、微笑した後に溜息をついた。

「今朝、近藤さんから文が届いた。岩国藩に向かってそこから長州入りするそうだ。年内は戻らねえかもしれねえ。山崎もだ。まだ暫くは千鶴に山崎の役目を頼む事になる」

「あいつの性格だ。隊士の世話も今までの用事も手を抜かねえだろ。相馬と野村には引き続き手伝いさせる。心配するな」

「それはわかったけどさ。相馬達、千鶴のこと完全に男だと思ってんだぜ」

 平助が不満そうに口を尖らす。

 土方は笑いながら、みてえだな、と胡座をかき直した。

「今朝、新八が血相変えて俺のとこ来て。軽鴨が千鶴を男だと思って湯屋に誘ってやがるって」

「あれだけ四六時中一緒に居て、全く気付かないのはおかしい。背中を流すって、千鶴の風呂に押し掛けでもしねえか心配だってよ」

「俺も心配だよ。あいつら、男だと思って、千鶴に気安く触ったりしてねえかって……」

 平助は不貞腐れた様に文句を言った。

「あいつも誘われたからって、自分から湯屋に行って、のこのこ肌を晒す訳でもねえだろ。な、斎藤」

 斎藤は真っ赤になって固まりながら、はい、と答えた。

「風呂場の騒動で、三番組の風呂には誰も近づかねえ。それに、千鶴が男だと思い込んでるんなら好都合だ。女だって判って、変な気を起こされたら厄介だ」

「ま、そりゃそうだけどさ」

「軽鴨は、まだまだひよっ子って事だ。新八は登楼でもさせなきゃならねえ、とか抜かしてたがな」

「なに、筆下ろしかよ。ほんとに、ぱっつあんはお節介だなあ」

 平助は呆れながら、笑いを堪える。

「その辺の事は、お前らに任せる。激務でもたまには気晴らしがあると良いには、ちげえねえ」

 斎藤は微笑みながら頷くと。

「わかりました。俺も雪村が気晴らし出来るよう、非番にどこか連れ出します」

「おう、連れ出してやれ」

 平助の後に付いて部屋を出ようとする斎藤に、土方が呼び掛けた。

「斎藤、千鶴が男だって事はしっかり護れ。最近九番組の奴等が千鶴の事を嗅ぎまわってる、気を付けろ」

「御意」

 斎藤は返事をして自室に戻った。

 次の非番に、斎藤は千鶴と三十三間堂にお参りに出掛けた。大護摩供で、邦楽や御詠歌が催され、千鶴は御稚児行列を眺めて、しきりに可愛いと言って喜んだ。

 七条を巡察していた左之助と十番組隊士は、大和大路通を仲睦まじい様子で歩く斎藤と千鶴を見かけた。その後ろを相馬と野村が田楽を頬張りながら、一列に連なって二人に付いて行く姿が見えた。

「おいおい、彼奴ら。逢い引きにまで付いて行ってんのかよ、ったく」

 左之助は、道の向かい側から軽鴨達を眺めて苦笑いした。




 つづく

→次話 濁りなき心に その19

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