十三やのつげ櫛

十三やのつげ櫛

千鶴への寸志

 西本願寺に屯所があった頃の話。
 
 梅雨の晴れ間に久しぶりに千鶴が三番組の巡察に随行した。前日に、土方から黒谷より新しく活動資金が下りたと説明があり、屯所内で雑務や用向きに忙しく働いている千鶴にも寸志が下りた。これは、京都守護職の勘定方には報告されない、内輪の資金の中に組み込まれたもので、近藤を始め幹部全員同意のもと千鶴に渡された。
 
 土方の部屋に呼び出された千鶴は、いきなり寸志と書かれた包みを渡されて驚いていた。ちょうど、平助と左之助、斎藤がその席に居合わせた。
 
「いつも細々とした事まで、お前はよくやってくれている。これはそれに対しての褒美みてえなもんだ」
「遠慮なく受け取っておけ」
 
 驚く千鶴に土方は畳に一旦置いた包みを再び手に取って、千鶴に手渡した。千鶴は恭しく受け取ると、深々と頭を下げて礼を云った。平助も左之助も笑顔でその様子を眺めていた。
 
「よかったな、千鶴」
「遠慮なく貰っといて損はねえって。なあっ」
「そうだ。なんでも欲しいものを買いに出掛けりゃあいい」
「非番はいつだ? オレが付き合ってやるよ。どこがいい。四条か、二条もいいな」
 
 平助が千鶴を買い物に誘い出そうとしていた。千鶴は、月の中日に非番をとることになっていて、もう既に斎藤と四条に出る約束をしていた。答えにとまどっている千鶴を見て、左之助が笑った。
 
「急な話で千鶴も困ってんじゃねえか。千鶴、いつでも出掛けたくなった時に言えばいい。俺らが付いて行ってやる」
 
 笑顔で話す左之助に千鶴は「ありがとうございます」と嬉しそうに応えた。斎藤は、千鶴が大切そうに寸志の包みを懐に仕舞う様子を見ていた。
 
 その日の夜、千鶴は斎藤の部屋にやって来て、翌日の巡察に随行する許可が下りたと報せに来た。ここ数か月の間、新しく入隊した隊士たちの為に千鶴が炊事を手伝うようになり、巡察に出る頻度は月に一度あるかないか。市場への買い出しのついでに、父親の雪村鋼道の行方探しをするぐらいだった。斎藤は、翌朝の巡察は四条を中心に行うと応えた。
 
「あんたが言っていた、反物屋に立ち寄ることも出来る」
 
 千鶴は、前から木綿を一反と糸を欲しいと言っていた。河原町には小間物屋も軒を連ねている。千鶴が久しぶりに自分の用向きのものを買い求める良い機会になるだろうと思った。
 
「河原町から引き返す時に、帰りに立ち寄りも可能だ」
 
 千鶴は、「はい、では。土方さんから頂いたお金。忘れずに持っていくようにします」と頭を下げた。嬉しそうな様子の千鶴は、廊下で再び丁寧に「おやすみなさい」と挨拶をして障子を閉めて下がった。斎藤は、翌日は晴れることを願いながら床に就いた。
 

 
****

四条にて


 翌朝は快晴だった。梅雨の晴れ間は清々しく。眩しいぐらいの陽の光。屯所の玄関に整列した三番組は、点呼の後に号令を掛けて出発した。
 
 昼過ぎに巡察を終えると、隊は分散してそれぞれの昼餉の場所に出向いた。千鶴は斎藤の行きつけの煮売り屋で、他の平隊士と一緒に食事したあと、四条大通りの四つ辻で屯所に戻る隊士たちと別れた。それから、河原町を斎藤とゆっくりと練り歩いて、反物屋に立ち寄った。
千鶴は寝間着用に木綿を一反買うと云っていたが、それは濃藍の麻の葉模様の反物だった。
 
「斎藤さん、これ。いいですね。六十匁だと。ちょうどいいです」
 
 千鶴は、反物を広げて斎藤の肩に当てると、「これに決めました」と嬉しそうに抱えて、店の奥に入って行く。店の主人は手際よくそれを包むと、「お代は銀、六十匁でございます」と言って、千鶴が差し出した金の小判一両を見て、「どうもおおきに、有難うございます」と頭を下げた。斎藤は慌てた。千鶴が差し出したのは、昨日土方から貰ったばかりの寸志一両。それを、自身の為ではなく、斎藤の着物の為に支払いに使ってしまった。
 
「あんたの買い物ではないのか」
「はい、私の買い物です」
「これは上等な木綿です。色も斎藤さんにお似合いです」
「前に、【麻の葉模様】がお好きだと仰っていました」
 
 これを長着にします。斎藤さん、お召になっている寝間着。もう脇も綻びが目立って、新しいものを用意したいと思っていました。
 
「浴衣であれば、着古しがもう一枚手元にある」
「あの、墨染のですか。あれは、もう生地が透けてしまっています」
「袖も裾も、擦り切れて」
「寝間着にはちょうどよい」
「いいえ、もし夜間にそのまま外に出る必要がある時は、どうされるのでしょう」
「隊服を羽織られても、下にあの様なくたびれたものを着たままでは」
 
 これですと、これから蒸し暑い夜に、このままお出かけになられても。日中でもおかしくありません。斎藤さんの灰色の角帯にもぴったり合います。千鶴は嬉しそうに反物の包みを抱えて通りを屯所に向かって歩き出した。
 
「あんたの、あんたの買い物はどうするのだ」
「買い物は済みました。糸も包んでもらいましたから。金一両で、糸も付けて貰ったんです」
「よい買い物ができました。ありがとうございます」
 
 千鶴は満足そうに微笑んでいる。「ありがとうございます」と言われても。
 
「あんたが貰った寸志を俺の着物の反物に使われても、俺は困る」
 
 咄嗟に口からそう出てしまった。千鶴は立ち止まった。見上げて来る表情は、それまで見せていた笑顔が消えて、どこか悲しそうな様子。「ごめんなさい。わたし……」千鶴はそう呟いて、俯いてしまった。
 
 ご迷惑を考えずに。勝手な真似をしてしまいました。
 
 斎藤はしまったと思った。「迷惑などではない。俺は」、そう言った時、俯いた千鶴の眼から、涙が一粒、反物を持っている手に落ちたのが見えた。斎藤は、驚いた。雪村、涙か、それは。続けて、ぽとり、ぽとりと涙が落ちるのを、千鶴は手で拭っている。
 
「寝間着が綻んでいたの。もう擦り切れてしまっていて……」
「でも、いい反物がなかなか見つからなくて」
「新しい浴衣をやっと作れるから……」
 
 そう言ったまま、千鶴は反物を抱きしめてさめざめと泣き始めた。
 
「すまぬ。困ると云ったのは言葉が過ぎた」
「迷惑ではない。あんたが仕上げてくれるのは嬉しい」
 
「ただ、俺はあんたが貰った一両は、あんたの為に使うものだと思っていた」
 
 千鶴は、斎藤の一言一言に泣きながら、頷いている。
 
「それでは、あんたが払った一両分。あんたの買いたいものを俺が買おう」
「小間物屋でも、どこでもいい。反物がみたければ、この通りにもう一軒ある」
 
 千鶴は涙を拭って頷いた。斎藤は千鶴の持っている包みを代わりに持ってやろうと云って手を差し出すと。千鶴は顔をあげて包みを渡した。もう泣き止んでいるようだった。斎藤は安堵した。通りにある小間物屋に千鶴と入って、一緒に売ってあるものを眺めた。店の中は、若い女ばかりで、隊服を着た斎藤は一人浮いている。斎藤は、手に持った打ち刀を手持ち無沙汰にしながら、千鶴の後に付いてまわった。
 
 お武家が二人。
 
 贈りものをお探しですやろか。店の売り子が声を掛けて来た。千鶴は、恥ずかしそうに首を横に振っているが、斎藤は背後から「そうだ。何か、若いおなごが好むものがないか」と訊ねた。その声は、とてもよく通る声で、店中に響き渡った。それまで、わいわいとしていた、店の客が一斉に静まり返った。
 
「へえ、それでしたら。この櫛はどうですやろ」
「これは【十三や】さんのつげ櫛でして、絵付けは別の職人はんが」
 
 小さな丸い黄楊に桜の花弁が描かれている。「十三や」はおなじ四条大通りにあるつげ櫛屋の老舗だった。千鶴は、差し出された櫛を手にとって「素敵」と溜息をついている。売り子は同じ桜模様のちりめんで出来た櫛入れを一緒に見せた。半円形に型どられた櫛入れにつげ櫛はぴったりと仕舞うことが出来て、ちょうど桜の絵が見えるようになっている。千鶴の表情がぱっと明るくなった。
 
「それを貰おう。贈り物ゆえ包んでほしい」
 
 斎藤は、千鶴の背後から売り子にそう頼んだ。
 
「一両と二分頂きます」
 
 斎藤は懐の銭入れから真新しい金二両小判を差し出した。「十三や」のつげ櫛は一生もんどす。そう言って、売り子は「どうもおおきに」そう言って斎藤に五十文のつり銭と包みを渡した。店の外に出たところで、斎藤は包みを千鶴に渡した。
 
「こんな高価なものを」
「一生ものだと売り子が言っておった。その櫛はよい品物だ」
「はい、わたし、一生大切にします」
 
 千鶴は嬉しそうに包みを胸のところで両手で大切そうに持ってそう答えた。さっきまでの泣き顔は、もう消えていったようだった。それから、二人で茶屋に立ち寄って団子を食べた。
斎藤は、団子のお代を払った後のつり銭を全て千鶴に持たせた。
 
「あんたに寸志を全て使わせてしまった。これは取っておくとよい」
「また中日の非番に出掛けた時にでも使うとよい」
 
 それは二朱金が二枚。全部で一分だった。千鶴は遠慮したが、浴衣を仕上げてもらうから手間賃だと斎藤に言われて、手に持たされた金二枚を銭入れに大切にしまった。千鶴は早く屯所に戻りたいと言って、小走りで帰りの道を急いだ。
 
「用事を済ませて、すぐに浴衣を縫い始めます」
 
 陽も傾き始めた堀川の通りを千鶴が足取り軽く進む隣で、その嬉しそうな横顔を見ながら、斎藤も先を急いだ。
 


 
******


ちんちろりん

 千鶴が斎藤と巡察に出た翌日から、再び雨が降る日が続いた。鬱陶しい空模様に、屯所の中もじめじめと蒸し暑く、千鶴は少しでも快適に過ごせるようにと、「ひゃっこい水」を作った。
 
 朝早くに湧き水を汲んで来たものに、黒砂糖をとかして。赤いえんどう豆を煮たものに、白玉をのせ甘い砂糖水を掛けて食べる。豆も白玉もよく冷えていて、蒸し暑い午後に巡察から帰った後に、これを出されると幹部の皆が喜んで食べた。中でも、土方は屯所に一つだけある、ギヤマンの器にこれを用意すると殊の外喜んだ。
 
「随分と洒落た、【ひゃっこい水】じゃねえか」
 
 土方は、匙を渡すとその場で物珍しそうに食べて「うまい」と千鶴を褒めた。土方は、夕方に黒谷の会津藩邸に出掛けなければならないと言って、裃に着替えて雨の中を籠に乗って出かけて行った。夜遅くまで戻らないということだった。千鶴は、土方の部屋を片付けて、台所に向かおうとしたとき、開け離れた平助の部屋の入口で平助と新八に呼び止められた。
 
 連日の雨で巡察に出られない二人は、平助の部屋でたむろしていた。千鶴が廊下に座って二人の様子を見ると、二人は、花札か何かをして遊んでいるようだった。
 
「いま土方さんが出掛けたところだろ」
「千鶴も一服しろよ」
「はい、でも私、これから夕餉の支度があるから」
「夕餉は、相馬たちの当番じゃねえか」
「うん、でも手が空いてたら、手伝うって言ってあるから」
 
「いいよいいよ、千鶴ちゃん。夕餉の支度ぐらい、軽鴨たちに任しておきゃあ」
「そうだよ、今夜は幹部で残ってるのって、俺らだけじゃねえの」
「原田さんと斎藤さんもお戻りになります」
「五人だろ。五人分の仕度ぐらい、相馬たちも出来ねえと。なあっ」
「そうだよ、千鶴。ちょうどいい。おれ等、【ちんちろりん】やってんだ」
 
「ちんちろりん?」
 
「そう、持ち金使って遊ぶんだ」
「千鶴もやんねえか?」
 
 千鶴は、部屋に入って平助の持っている賽子を見せて貰った。小さな賽が三つ。新八のあぐらを掻いた前に置いてある丼ぶり鉢の中に、平助が投げ入れた。
 
「こうやって出た目の数で競うんだ。これが【三】な」
「オレが子で、ぱっつあんが親。そんでぱっつあんが次にチンチロリンって振るんだ」
 
 新八が鉢の中に賽を投げた。新八の投げた賽は【五】だった。新八は「これで俺の勝ち」といって、平助が鉢の前に出していた小銭を全て取って行った。千鶴は初めて見た遊びだった。直ぐに、子になってさいころを振ってみせた。千鶴は【六】を出した。親の平助は、【一】【ニ】【三】を出した。これは「ひふみ」で親の負けらしい。平助は、千鶴と新八に自分の出していた一銭を一枚ずつ渡した。
 
 親が新八になった。また千鶴は勝って、三銭が手元に舞い込んだ。千鶴は夢中になった。
 
 斎藤が外での用向きから戻った時、夕餉が広間に並べられていたが、誰も広間にはいなかった。相馬と野村に皆がどこに行ったかと尋ねると、二人とも首をかしげている。斎藤は、屯所の廊下をぐるりと回って反対側に出た。平助の部屋から、どっと笑い声が聞こえた。斎藤が向かうと、部屋の中で賭け事に嵩じる三人の姿を目にした。
 
 千鶴は、胸に銭入れの巾着を握りしめて祈りながら賽を振っている。そして、親の平助が勝つと、もう最後の金貨しかないと言って、銭入れから金朱を取り出した。斎藤は驚いた。
 
「いいぜ、千鶴。それ出しな。それで、【ピンゾロのあらし】をとったら、一両とれるぜ」
 
 千鶴は「ぴんぞろのあらし……」と眼を丸くして呟いている。
 
「そうそう、【一】をぞろ目で出すんだ」
 
 平助が笑っている。その時、斎藤は平助が耳の後ろを掻くようにした右手を、持っていた打刀の鞘の先で弾いた。平助の手から、賽子が転がって行った。斎藤は厳しい表情で、畳に転がった賽子を掴むとそれを廊下の明るい方へ持って行って確かめた。
 
「細工賽だ」
「雪村、あんたがとられた銭はいくらだ」
「金二朱と三十銭です」
「平助、その金を雪村に返せ」
 
 平助は刀を向けられたまま、仕方ないという顔で金を千鶴に返した。
 
「雪村、この遊びはいかさまで銭を巻き上げられる。二度とするな」
「平助、この賽子はどこで手に入れた」
「どこって、こんなもん。江戸に居る時から持ってるよ」
「なにゆえ、雪村を相手に金を巻き上げるようなことをする」
「だって、【ちんちろりん】だし。千鶴も最初は勝ってたんだぜ」
 
 平助は口を尖らせたまま。斎藤は、同じ質問を繰り返した。
 
「なにゆえ、雪村を相手に金を巻き上げるようなことをするのだ」
「誰も巻き上げようなんてしてねえよ」
「勝負事だろ」
 
 平助は逆上し始めた。
 
「俺も同じぐれえ、賭けた銭をとられてるんだ」
「新八、あんたもいかさまをしてるのか?」
「おれ? 俺はしてねえよ。俺は正々堂々とやってるぜ」
「仕込み賽子ふったのは平助だろ」
 
「おう、そりゃあ、細工したの使ったのは悪かったよ。でも俺は全部これでやってねえよ」
「自分が大負けしそうになったときだけな」
 
「なにゆえ、雪村から金を巻き上げるようなことをする」
 
 斎藤は再び同じ質問を繰り返す。その瞳は碧く鋭く光り、平助を射貫く。平助は動けなくなったまま顔が引きつっていた。
 
「悪かったよ。もう千鶴を相手に【ちんちろりん】やらねえよ。ごめんな、千鶴」
「斎藤さん、平助くんは悪くありません。私が遊びに混ぜて貰ったんです」
「今夜は、皆さんお出かけで。夕餉までゆっくり息抜きが出来るようにって」
 
 千鶴は立ち上がって平助を庇うように斎藤と平助の間に入った。
 
「【ちんちろりん】面白いです。お金は大切にしなくてはいけなかったのに。私が悪いんです」
 
「あんたは悪くない」
 
 斎藤は鋭い視線のまま、そう言って千鶴の肩越しに平助を睨みつけていた。
 
「俺は、あんたらが賽子をしようが、花札をしようが構わぬ。銭を賭けるのも構わん」
「だが平助。雪村をいかさま博打の鴨にするのは許さん」
 
「なんだよ。だからもう謝ったし、金も返しただろ」
 
 平助が手元にあった銭を斎藤の足元に投げつけた。そして、そのまま立ち上がって、斎藤の打刀の鞘を払うと、斎藤の肩を両手で跳ね返すように押し出した。斎藤は右手で平助の右手首を持つと、思い切りねじり上げながら左手でもった刀の柄で平助の鳩尾を突いた。平助は、ぐぉっ、と声を上げて畳に蹲った。
 
「ちっくしょー」
 
 平助はそう言いながら、頭から斎藤に突進していく。二人はがっつりと組み合った。斎藤は平助を払いのけて、打刀の鯉口を切った。
 
「斎藤さん、やめてください」
「おい、斎藤。抜くなよ」
「それで、しめえにしろ。おまえら」
 
 新八は、千鶴を庇うようにしてそっと左腕で囲いながら、平助と斎藤の間に入った。
 
「私闘は厳禁だ」
「これは私闘ではない。法度を犯したのは平助」
「なんの落ち度もない雪村から金を騙しとろうなど。士道不覚悟どころではない」
「雪村が持っているのは、新選組から寸志でだしたもの」
「我らの世話に日々勤しんで得た金だ」
 
 それを賭け事で、それも細工をした賽子などで騙しとるなど。俺は許さん。
 
「斎藤さん、私が悪いんです。大切なお金を賭け事に使って。平助くんは悪くありません」
 
 千鶴の顔は涙で濡れていた。新八の腕をすり抜けて、斎藤の腕に縋り付き、「私が悪かったんです。ごめんなさい」と繰り返している。そこへ、廊下に左之助が現れた。
 
「おい、こんなところに皆で居たのか」
「どうした、千鶴?」
 
 左之助は、泣きじゃくる千鶴に駆け寄った。庇うように千鶴を抱き寄せると、「おい、一体どういうことだ」と皆を睨みつけた。
 
「おまえら、千鶴に何をした?」
 
 もう左之助は千鶴を抱きかかえるようにして、涙を大きな手で拭ってやっている。新八が苦笑いしながら、事の顛末を簡単に説明した。その間も、斎藤と平助は睨み合ったままだった。千鶴は左之助の腕の中でしゃくりあげながら、「平助くんは悪くない。私が悪いんです」と繰り返している。左之助が優しく千鶴の頭を撫でながら言った。
 
「千鶴は悪くねえよ。平助がちっと悪戯が過ぎたのがいけねえな。それで、新八がそれを見過ごしたのも罪だ」
「だが、何が悪いって。この雨だ。このじめじめした空気が一番悪い。外にも出れねえで、みんなが、暇を持て余したのが悪い」
「千鶴が、たまにこうやって遊んで憂さ晴らしをするのは、ひとつも悪いことじゃねえよ」
「【ちんちろりん】も、悪くねえ。面白い遊びだ」
「そうだな。斎藤が怒るのも仕方ねえ。俺もいかさまは大嫌いだ」
「さあ、斎藤、もう刀を部屋に置いて。飯の時間だ」
「軽鴨たちが、首を長くして待ってる」
 
 何とかその場は収まった。皆は広間に向かって夕餉を食べた。平助と斎藤は険悪な様子だったが、新八と左之助が冗談を言い合っている内に、場が和んで来た。夕餉の後、そのまま千鶴と斎藤の部屋の前の廊下で皆が集まった。ちょうど雨上がりで涼しい風が吹いていた。千鶴は、部屋の行灯の傍で、ずっと斎藤の浴衣を縫っている。
 
 左之助が持ち込んだ酒瓶で皆が晩酌を始めた。酒を酌み交わすうちに、ずっと黙りこんでいた平助と斎藤の機嫌は戻った。
 
「みんな、今懐にある小銭を全部ここに出せ」
 
 新八がそう言って、懐から小銭を出した。左之助も斎藤も相馬も野村もそれに続いた。平助が小銭を出すと、千鶴も自分の銭入れをもって廊下に出て来た。
 
「千鶴はいい」
 
 左之助はそう言って、集めた小銭を綺麗に人数分に分けた。左之助は千鶴に紙と筆を用意させて、勝敗表をつけるように云うと、新八が賽子と丼ぶり鉢を持ってきて、【ちんちろりん大会】が始まった。
 
「俯仰天地に愧じず。公明正大、正々堂々のちんちろりんだ」
 
 左之助の大きな掛け声とともに、始まった勝負は、どんどん白熱していった。斎藤が冷静に振る賽子、大声でゲン担ぎをしながら大げさに振る新八、平助は運気が上がるからと、尻まくりをしている。千鶴は、星取り表をつけながら、ケラケラと笑っていたが、浴衣を縫う手を休めて、輪の中に入ったが最後、夢中になって勝負に嵩じた。
 
 その夜、千鶴は【ぴんぞろの嵐】を二回も出して。場に出た銭を全て巻き上げて大会はお開きになった。
 
 
 
 

 
 
 



(2019.06.29)

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