
ブログ【考察:屯所の一風景】
皆さん、こんばんは。小説も絵本づくりも進まないので現実逃避の考察です。
キャラの所作のことをよく考えます。
小説を書いている時、登場人物が立っていたり、座っていたり、食事をしていたり、歩いていたり、走っていたりと。何かしらの行動をしている場面が浮かぶのですが、それぞれのキャラによって、所作や動きそのものに、それぞれ特徴があります。
ゲームは基本的に静止画なので、アニメーションの薄桜鬼の影響もあるかもしれませんが、細かな動きは、やはり私の中にあるイメージから思い浮かぶものを描写する事になります。これは、物語を書く上での醍醐味。まさに時間の経過(動き)を表す事ができる楽しい部分。
斎藤さんは、静と動のメリハリがあって。お能の所作の印象があります。剣を使う時も、相手と睨み合い、構えからにじり寄る動きはシテが登場する時のイメージです。動いていないようで、動いている。静かな中の動。普段から腰を掛ける時は正座が基本。他の隊士が胡坐をかいて座っても、斎藤さんだけは足を崩さない。ゲームの特典エピソードにあった、山の中で座禅を組んで瞑想をする斎藤さん。斎藤さんは禅宗を信仰していたのかしら。無外流はもともとその流れにあって、剣術の為に結跏趺坐を生活に取り入れていたのかもしれません。そのせいか、斎藤さんは背筋がいつもピンと伸びて静かに座っている姿が目に浮かびます。両手は膝に置いていても、一瞬で傍の刀を抜いて居合の一手を打てる。
廊下を歩くときも静かです。気配を消す。これは、総司君もよくやっている所作で。総司君の場合は、悪戯や偵察(隊士の弱みを掴む為のもの)のため。廊下をバタバタと歩くのは、平助くん、永倉さん、近藤さん。土方さんと原田さんは、大股で歩く。原田さんは、部屋に入るときに、必ず鴨居で頭をぶつけないようにするため、ゆっくりと。よく鴨居に手をかける。日常的に鎗を手にしているので、壁や柱、鴨居に引っかからないように、常に廻りの障害物には気をつけている。なので、佇まいは荒々しそうだけれども、静かです。
伊東甲子太郎さんは静々と。風間さんは土方さんや原田さんに近いイメージ。食事の食べ方に関しては、斎藤さんは左手で箸を使って、黙々と。早食いの大食漢。箸使いが美しいのは、土方さん、総司君、風間さん、伊庭さん。この四名は幼少から厳しく躾けされた印象があります。三つ子の魂百まで。相馬君と野村君もきっちりと作法は心得ているイメージですね。
屯所の日常の風景で、100人(一時期は200名以上いたと言われる)の隊士が一つ屋根の下に駐屯した生活。常に隊士の姿がどこかにあって。千鶴ちゃんの見た屯所の風景というのは、非常に「男くさい」ものだっただろうなと思います。千鶴ちゃんの生活範囲を考えると、一応設定では幹部周りのお世話をするということで、平隊士の傍にはめったにいないだろうと、物語の都合のいいように変えていますが、基本、幹部の日常をずっと目にする事になっていたと思います。
幕末から明治の日本人の意識改革として、「人前で裸になる」ことがエチケットに反するという西洋的な考えを浸透させるのに、新政府は大変苦労したそうです。日本人でも特に町人は、人前で肌を晒すことに抵抗がなく、素っ裸で建屋の外にいることも普通にあって、西洋人は非常に驚いた(野蛮な国という印象)と記録にあります。風呂上りに褌一丁で銭湯からでて道を歩くなんていうのが普通でした。特に男性は抵抗がなかったようです。
士分としての隊士たちは、どうだったのだろうと考えます。男所帯であれば皆暑い時には着物を脱いで涼んでいたでしょう。井戸端で、素っ裸で頭から水をかぶって汗を流すということもやっていたと思います。千鶴ちゃんも、意外に抵抗なく目にしていたのかもしれません。
肉体派の永倉さんや原田さんは、褌一枚で誇らしげに歩き回るのは日常的で、風呂上りには、そのまま廊下を歩いて部屋に戻る。平助くんもそう。総司くんは、着流しを肩にかけ羽織るだけ。土方さんは、太目の真田紐の帯をきゅっと結んで、胸元は大きく汗が引く様に開けて夕涼みをする。
斎藤さんも土方さんと同じように帯をしっかり締めて、風呂上りは濡れ髪のまま廊下を歩く。決して、褌一枚では歩き回らない。
スクラップブックにある三船敏郎の「銀嶺の果て」の一場面。スキー小屋に泊まることになった銀行強盗犯の江島が、宿の温泉に入りに行って戻ってくる。1947年のこの映画は、戦後まもなくに作られたもので、三船敏郎の所作は、歌舞伎役者とも違って体形も肉体的で荒々しさがとても色っぽいと思います。褌も無造作に身につけている様子が、昔の日本の男性ってこんな感じだったのかなと思います。イメージでいくと、左之助さんや新八さん。こんな風に風呂上りに廊下を歩いて、肩に濡れ手ぬぐいをかける様子が目に浮かびます。脱いだ着物を片手に丸めて堂々と歩いていそう。
時代小説やテレビや映画の時代劇を見て、当時の人々の所作や振る舞いはどんなだろうといつも考えます。古い映画はとても参考になります。昔の役者さんは、着物での所作や殺陣など本当にリアリティがあって、見ていてどきどきします。今でも、歌舞伎役者さんは所作が美しくて、時代劇に出られている姿など脇役でも姿を目で追ってしまいます。
でも、この画像。六尺褌ではない越中褌。原田さんと永倉さんは、公式絵でしっかり紅い六尺褌をキリリと身に付けている姿が印象的です。なので、二人が廊下を歩く姿は、きっと臀部はちゃんと見せてTバック(・∀・)
越中褌は、斎藤さんが身に付けています。これもどこかでIDEA FACTORYさんのグッズのちびキャラ斎藤さんが越中褌姿だった印象が強いかも。なので、斎藤さんは、このgif画像のような褌です。少し緩めに前垂れもある感じ。でも、越中褌はバリバリ闘う武士はまずつけない。あれは年寄りや商人など町人だけのものです。少し締まりがなくて動きづらそうです。
斎藤さんも、褌は六尺でキリっと絞めていたと思いたいです。それに外すときも六尺の方が、さっと外せてなんとなく色っぽいですしね。でも、私は明治期になって洋装になってから、斎藤さんは越中褌に変えたと思います。前垂れにしないで六尺のように絞めて、その上にズボン下のようなものを履いて。その上から制服のズボン。実用的です。千鶴ちゃんを家の中で抱きしめている内に、その気になってもそのまま外さずに事に及べるようなイメージです。昔の映画でありました。そういう場面が(*’ω’*)
羞恥心という点では、当たり前といえば当たり前なのですが、千鶴ちゃんは、あまり肌は晒さなかったと思います。特に、足は足首から上を人目に晒すことは滅多になくて。ふくらはぎや太腿を目にした斎藤さんは、かなり狼狽するほど恥ずかしかった(内心嬉しかった)と思います。女性が足を堂々と見せるようになった文化は、極々最近のことで、昭和30年代でもスカートから見える足というのは、一種刺激的という意識があったことが、当時の雑誌からも伺えます。
現代人の私たちの羞恥心とこの時代の羞恥心は若干違っているような、そんな気がします。でも、小説を書く時には千鶴ちゃんや斎藤さんには、現代的な感覚で恥ずかしがったりさせてしまいます。感覚的なものですが、こればかりは仕方ないですね。150年前の京の屯所の風景。タイムマシーンで見に行ってみたいものです。実際、どんな光景だったんでしょう。
屯所の風景から、褌の考察になってしまいました。屯所の日常。目のやり場に困る千鶴ちゃんを想像すると御気の毒でもあり、とても羨ましい気もします。
ちよろず