光明と韜晦

光明と韜晦

大股開き その8

文久二年十二月

 霜が降りた地面を足早に歩いて甲良屋敷に出向いた。

 ここ数日、道場主の近藤先生が留守にしている。門人の永倉や平助も所用で出かける日が続いていた。独りで稽古をつけている総司を手伝いに、早朝に家を出た。

 試衛場に着くと、総司は、道場の床拭きをしていた。「随分と早いね」と自分の顔を見た総司は、傍らにあった雑巾を自分の足元に放り投げた。井戸水は思った程冷たくはなかったが、開け放った道場を水拭きしていると、木枯らしが吹きつけてくる。時々、息を手に吹きかけて温めながら総司と二人で、道場中を磨き上げた。掃除が終わると、総司は門人がやってくるまで存分に手合わせをしようと言って、木刀を持って構えた。

 二人で半刻の間、ひたすらに打ち合った。いっときも休まず。互いに息が上がって最後には両膝に手をついた。総司は木刀を床につくようにして、肩で息をしている。

 殺気を感じた。

 総司が思い切り、剣を振り上げて打って来た。不意打ち。翡翠の眼が爛爛としている、自分は咄嗟に逆手で剣を受けたまま、にじり下がった。総司の顔が自分の木刀にくっつくぐらい近づいた。押される。負けてたまるか。自分は思い切り腹に力を入れて踏ん張った。

 ふん。

 総司が息を吹っ掛けるように挑発してくる。その手には乗らん。

 ねじ込もうとする手を撥ね退けた。総司は剣先を後ろに引く様にして構えた。自分も身を低くして、木刀を自分に引き寄せた。間合いをとったまま。だが、判る。正面ではなく、総司は左に撃って出る。自分は待った。引く様にして総司の懐に入った。そのまま木刀を抱えてすれ違った。だが、総司は自分の背後を突いてきた。突然の激痛。振り返る間もなく、胴を取られた。

 なんだ。今のは。

 総司は残心のまま。木刀を左手で持って振り切っている。自分が態勢を整えると。そこで刀を下ろした。さっと立ち上がると、位置に戻って礼をした。

「僕の勝ち」

 そう言った途端、道場の壁まで走り込み、そこで大の字に仰向けになった。

「あーーー、疲れた」

 勝手にやめよって。自分は内心むかっ腹が立ったが、ようやく礼をして手合わせを終える気になった。総司は、「禁じ手」を使ったけれど、勝ちは勝ちだと言って笑っている。禁じ手。きっと左に木刀を持ち変えたことだろう。それも逆手で。

「真剣だと、ああは行かないよね」
「はじめくん、聞いてる?」

 総司は随分と嬉しそうだ。真剣で仕合ったとして、刀を持ち変えて相手を撃っても問題はなかろう。要は相手を斬ればよい。自分がそう思っていると。

「相手を斬って制圧出来ればいいんだよね」

 総司はずっと独りで喋っていた。自分は、総司が随分と機嫌がいいと思った。講武所の事以来、総司はすっかり無口になって、常に苛立っていた。総司は気まぐれだ。朝から打ち合い、自分を背中から打ち負かしたのが余程嬉しいのか。不覚だった。悔しい。覚えておれ。機嫌のよい総司とは裏腹に、自分は悔しさが募って困った。木刀を壁に仕舞って、井戸端に向かった。沸々とする怒りには頭から水をかぶるに限る。

 井戸端で頭に水をかけて、少しは気分が落ち着いた。

 総司は、真新しい手拭を廊下から投げて来た。頭を拭っていると、総司はいつの間にか庭に降りて、吹きつける冷たい風に向かって立って空を見上げていた。

「はじめくん、僕、江戸を出ることになる」
「近藤先生に付いて京に上るかもしれないんだ」

 突然の話に自分は驚いた。この師走に江戸をでて京まで。留守の間、道場はどうする。そう問おうとすると、先に総司が答えた。

「まだ、決まったわけじゃない。いつ行くことになるのかも」
「でも年明けには上洛するよ。将軍様の護衛にね」

 しょうぐん……、護衛……。自分は総司が何を言っているのか理解出来なかった。総司に付いて、道場に戻って詳しい話を聞いた。昨日夜遅くに近藤先生が道場に帰って来て、総司と平助、新八を呼んで「講武所剣術教授の松平主税助様にお会いしてきた」と、三人を自分の部屋に座らせたという。

「この度、将軍家茂公の御上洛につき、【浪士募集】を行うことに決まったそうだ」

 近藤先生は、そう言って、「京は今、【天誅】と名売って諸国の浪士が要人を斬り、狼藉者が横行しておる。幕府が京市中の取り締まりをする必要があってな。来年、家茂公の上洛の際、義勇の士で京を取り締まり、大樹公を御守りする。幕府は身分を問わず、剣の腕のある者を広く集めるそうだ」と総司達に説明した。

「先生の眼は輝いてた。あんなに嬉しそうな近藤さん。僕、見た事がない」

 総司の話では、今日も近藤先生は浪士募集有志取扱掛の役人に面会しに出掛けているという。新八も練兵館の知り合いの元に、浪士募集の詳しい情報を訊ねに出向いているということだった。京の治安の悪さは新八からよく話を聞いていた。江戸の闇夜に横行している辻斬りや追剥などとは比べ物にならない。昼日中でも、市中で浪人が斬り合っていると。

 講武所指南役になれなかった先生の落胆は、ずっと長く続き。試衛場の門人も沈み込んだ気分のままであった。いつも快活に大らかに笑う近藤先生の声が聞こえないのは、道場の炎が消えたようで、陰鬱とした空気が立ち込めていた。自分も含め、門人全員が黙々と稽古だけを続けていた。そんな中の突然の朗報。これは、暗闇に射した光明。自分は、近藤先生が江戸を留守にしてでも、京に出向き、市中を取り締まって御公儀を守るのは、天命だと思った。そして、それに伴って行くと強く決心している総司を羨ましく思った。

 総司は、清々しい表情で「僕は行くよ。京へ行って。己の剣を振るう」と言うと、道場に現れた門人を相手に稽古を始めた。



****

 

 それから三日の後、近藤先生が朝から門人を集めて幕府より「浪士募集」の命が正式に下りる事を伝えた。

「公正無二、身体強健、気力荘厳の者、貴賤老少は問わない」

 近藤先生は笑顔でそう言うと、「尽力報国に志厚き我らは、是非名を列ね攘夷を目指す。いまこそ、日々の鍛錬で培った腕を試す時が来た」と皆を奮起させた。門人たちは皆、声を上げて是非、先生と伴に上洛したいと申し出た。近藤先生は感無量といった様子で大きく頷いていた。直ぐに、浪士御集書上に上洛を目指す者たちは署名していった。沖田総司、永倉新八、藤堂平助、原田左之助、山南敬助、井上源三郎、土方歳三。自分は住まいを「江戸本郷」、年齢を十九と書いた。書状には、井上源三郎と山南敬助は「武州日野」、土方歳三は「石田村」と書かれてあった。

 上洛の日程が決まり次第、江戸を出立することになるという話だった。その後も、頻繁に近藤先生は道場を留守にして講武所に向かい、浪士募集取扱役人と面会した。先生は多摩にも頻繁に連絡を取って、鎧、刀、槍、そのほか米や麦などの食糧を江戸に運搬するように手配した。具足は、上洛の道中にも必要になるという事だった。物資の面で、日野宿の佐藤彦五郎さんが軍資金を出すと申し出てくれて、年明けには道場を代表して総司がお礼と挨拶に伺い、初稽古をすることになっていた。自分も総司と一緒に日野に出向くように言われて、年末の三十日に江戸を発つ予定を立てた。

 それからは、稽古で毎日が充実していた。

 道場で行う集団での打ち合い。これは、市中取締りを想定して大勢の相手を制圧するために時間を割いて練習するようになった。新八や総司、平助とは上野での乱闘で経験したように、互いの得手不得手で動く。敵に取り囲まれた場合、試衛場の皆に自分は背中を預けられると思った。総司とは一番息があう。ずっと夏から、真剣で相手を一撃で仕留める型を練習してきた甲斐があった。阿吽の呼吸。総司は自分が左手で刀を抜いて、居合う間を把握するように自分の左側に廻って剣を振るう。

 上洛が本決まりになる前から、甲良屋敷の道場に毎日のように総司の姉のおミツが通ってくるようになった。道場の母屋の掃除、洗濯、食事の世話。おミツは、くるくると動き回っている。総司は、「姉上、姉上」と呼び掛けて、存分に甘えている様子だった。

「これから大切なお役目を控えているのですから、精進なさい」
「総司、いまこそ名を上げる好機です」
「きっと貴方は立派な武士として将軍様を御守りする」
「わたしは、そう信じています」

 総司は、「はい、姉上」と笑顔で返事をしていた。

 冬至の日、総司は髪を解いて、おミツに髪を切ってもらっていた。日頃から髪を整えるように厳しく言われていたにも関わらず、総司はずっとざんばらのまま。髷を結うのを嫌っていた。

「あれほど、しっかりと髪を伸ばして整えておくようにと云っておいたのに」
「せめてこうして毛先だけでも摘んでおきます」
「早く伸ばして。京に上る時にはきっちりと髷を結うのですよ」

 自分は、総司の世話を焼くおミツの背中を見ながら、自分の姉の勝を思い出していた。出立となれば、きっと姉上も髷を結えと煩く言うだろう。自分は身の周りのものは、何も持たずに刀ひとつで上洛するつもりだった。浪士募集取扱から出立の金子が十両支給されるとは聞いている。山口の家にいくらか置いておけるだろうか。そんな事を考えながら、家路についた。



***

 

明治十三年十月 東京小石川

 えっと、わたしが十五の時でしたから。あれは、文久三年の十一月。お夏さんにお願いして、関所手形もおりてすぐに、診療所を出て……。

 千鶴は、火熨斗を斎藤の上着にかけながら、初めて江戸を出立した時のことを呟いていた。少し目立ってきたお腹を庇うように、足を崩して重ねた座部の上に座っている。雪村診療所の居間。夫の斎藤は、何のきっかけだったのか、江戸を出て初めて上洛した話を千鶴にしていた。話を聞きながら、千鶴は自分が父親を捜しに出たのは、いくつの頃だったかと。ふと気になった。

「玄関の山茶花が、花をつけ始めてましたから、十一月も末だったと思います。京に着いたのがもう年も暮れる頃で。直ぐに陽が暮れて、表は暗くなるのが早くて。宿は見つからないし……」

「俺の上洛もその年」
「文久三年の一月だ」

 膳の前で独り晩酌しながら、斎藤は感慨深い様子で話しを続けていた。

「前年の暮れだった」
「果たし状を突きつけられた」
「駒込の通りだ。ちょうど甲良屋敷から家に戻る途中の筑土神社の鳥居の前で呼び止められた」
「果たし状。果し合いをされたのですか」
「ああ」

 ——決闘の場所と日時と相手の名前が書いてあった。

 千鶴は「まあ」と声にもならないように呟いて、持っていた火熨斗を火鉢に戻した。



****

 

文久二年十二月二十六日 七つ下がり

 風の強く吹く日。試衛場での稽古を終えた帰り道、突然何者かに呼び止められた。

 橋本信三郎からの果たし状。

 一年前に上野で手合わせをした相手。旗本の次男坊で部屋住み出仕が決まっていると自慢していた。剣の腕は最初の構えで察した通りだった。鈍い。初太刀で打ち負かした。その時の恨みであろう。

 右差しの戯けに己が負ける筈がない。

 旗本の気位からか、練兵館に出稽古に出始めた頃から、道で橋本達と出遭う度に連中からは睨まれているのは判っていた。

 今、自分は試衛場から指南役として他道場にも稽古に出る身。表で斬り合えば、試衛館道場に迷惑をかけることになる。手の中の果たし状を見て、最初にそう思った。だが、相手が誰であれ、挑まれたなら、ここで臆してはならん。そう思った。ここで逃げては、一生そしりを受ける。

 あと三日。一対一で勝負をつけるのであれば。受けて立つ。そう決心して、書状を懐にしまった。

 その日は、ずっと夜更けまで思案し続けた。

 三日でやるべき事。身辺の片付け。これは急務だ。道場の稽古も出なければならぬ。明日は練兵館に新八と出る、明後日は試衛場の朝稽古だ。身の回りの片付けは明日の内にしよう。二十九日は非番だ。だが、早朝なら総司と手合わせが出来る。直ぐに家に戻って禊をしてから、決闘場に向えばよい。

 翌日、練兵館の稽古から家に帰ると、部屋の片づけをした。片付けといっても、行李の中にある書状ぐらいだ。父上からもらった肥後守、刀剣の元亀本。これらは大切な物だ。亀本の写しに、ざっと目を通した。もう内容は全て頭の中にはいっている。書物は売ることにした。押し入れの行李の中身は、殆どが自分のものではなかった。文机の上の硯も父親のものを借りているだけ。

 金目のものは、刀の手入れ道具だけか。これは売れぬ。置いておこう。着物は、綻びた長着を姉が繕ってくれている。他には何もない。部屋を見回したが、思った以上に、身の回りに何も持っていないことに気づいた。文机も父親が使っていた古いもの。

 家の外の身辺整理。借りているものは、刀剣の貸本。これは明日、元亀本を売るついでに返せばよい。そういえば、左之助に呑み屋で四朱分立て替えてもらったままだ。平助には一分を貸した。総司には、団子屋で二朱立て替えた。明日、甲良屋敷に出向いた時に、左之助に金を返そう。

 貸した金はよい。己の都合で返せなどとはいえぬ。

 試衛場の皆の顔を思い浮かべていた。道場主の近藤さん。果し合いが表沙汰になれば、近藤さんの上洛に障りがでるやもしれん。その時は、浪士御集書から自分の名を取り下げてもらおう。

 そう考えた時に、事前に近藤先生に断りを入れたほうが良いかと迷った。近藤さんはきっと真剣での斬り合いは認めない。それが正当な理由のものであれ、他道場者との決闘は避けろと云われるだろう。

 相手を打ち負かせば、一切を裏沙汰のままにすることも叶う。
 叶うやもしれん。

 その夜は、ずっと浪士募集から辞退を申しいれようかとずっと悩みながら明け方まで眠れずにいた。

 翌日の稽古は、甲良屋敷で左之助と平助と一緒だった。左之助には借りた金を返すことが出来た。近藤先生は留守だった。日の出とともに多摩に出掛けて、戻りは三日後だとういう。自分は機を逃したと思った。稽古に身が入らぬまま、昼には道場を出て神田に出た。古本屋で写本を売った。上下巻で一分。思ったより高く売れて驚いた。せっかく本を売ったのに、別の刀の本に目がとまり、欲しいと思った。己は欲深い。何も持たぬと決めたのに。

 その夜は、珍しく家族全員で揃って夕餉を食べた。父親が、勤めが晦日まで、兄上は、三十日まで勤めがあると皆に話した。母親は、「内職の実入りがあったから、明日、駒込のやっちゃばに行って正月の仕度の買い物に出掛けて参ります」と云った。

「其方は日野に出るのでしたね。長着の繕いを間に合わせないと」
「何日に発つのだ」

 父親に訊かれて、三十日の朝に江戸を発つと答えた。母親から、「なにか乾物を用意しておくから、それを持っていくように」と云われた。返事をしながらも、心中ではずっと決闘のことが引っ掛かっていた。相手を打ち負かしても、何もなかったことには出来ぬ。私闘とはいえ、真剣での斬り合いをしたら、奉行所に帳付けを願わなければならぬ。湯屋での諍いとは違う。それは判っていた。だが、目の前で家族の皆が和やかに語りあう姿を見ていると、これから自分が挑むことが、どこか現実味のないものとしか感じず。姉が、今夜は飯のおかわりをしないのかと尋ねてきて、初めて食事が殆ど進んでいないことに気づいた。自分は何も考えないことにした。飯のおかわりを貰って、黙々と食べて食事を終えた。

 決闘の日の朝。自分は暗い内に起きて、甲良屋敷に向かった。早朝なら総司がいるはずだ。突然、朝早くから道場に現れた自分に、新八と総司は驚いていた。稽古の代わりに手合わせを願い出たら、二人は快く受けてくれた。思い切り打ち合った。陽が高くなった頃に手合わせを終えて帰り仕度をした。総司は、「非番なのに来たのなら、なんで日野に行く準備をしてこなかったの」と言って不思議がった。

「このまま、一君が道場に泊まってけば。明日は日の出に発てたのに」
「府中の関田の家に泊まることも出来たのにさ」

 そんな風に言って、ふらっと玄関先まで見送りに出て来た。門の所で道場に向かって黙礼をしながら、ずっと迷った。言おうか、言わまいか。どうする。

(総司、助太刀を頼みたい)

 その言葉が喉まで出かかった。じっと自分を見る総司に。「昼八ツに、旗本の次男と果し合いをする」と言えたら。だが、陽の光の中ですっくと立つ総司を見ていると云えなかった。己の抱えた暗い渕に、総司を引き込むことはできん。そう思った。全てを終えて何事もなかったように、明日、日野に向おう。

「明日は、陽が上がってから真砂を出るつもりだ」
「わかった。じゃ、明日」

 自分は踵を返して通りに向かった。

「ねえ、はじめくん」

 総司に呼び止められた。振り返ると。

「さっきの打ち合い。続きは佐藤道場で。次は負けないから」

 総司は珍しく負け惜しみのようなことを云って笑っていた。自分は頷いた。そして、前を向いて足早に歩いた。やはり、言わずにおいてよかった。独りで、ひとりで終えよう。

ひとりで片づければ済むことだ。



つづく

→次話 大股開き その9




(2020/01/13)

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