
蒟蒻と瓢箪【閑話】
濁りなき心に その9
元治元年十月の終わり
「総司、起きているか」
障子の向こうから斎藤の声が聞こえた。
「入るぞ」
そう言って、障子が開いた。
「何?二人して朝から」
斎藤は手拭いや紙をひと抱えに、千鶴は手に鉄鍋を持っている。
「暖を取りに来た」
微笑みながら斎藤は総司の部屋の火鉢の前に座った。
千鶴は手に持った鉄鍋を火鉢の上に網を置いて載せる。
「何それ?朝餉はもう済んだよ。それにもう薬は飲まない」、と拗ねる総司。
千鶴は斎藤から受け取った手拭いの束を自分の膝に載せて、袂から小さな木箱を取り出し盆に置く。
「総司、薬はもう飲まずとも良い」
斎藤は立ち上がると、総司の蒲団の足元に行って正座をした。
微笑を浮かべる斎藤を見て、咄嗟に部屋の外への逃げ道を探す。
(何、はじめくん。何で笑ってるの)
障子への動線を完全に遮る斎藤に内心怯えながらも笑顔で総司は尋ねる。
「今日は巡察じゃないの?」
「夜の見廻り当番だ」
斎藤は左手を袂に入れたまま、右手は畳に添えている。
(何、はじめくん。抜身でも出すの?もしかして僕を斬りに来たとか)
「総司、雪村は咳封じの手立てがある。江戸の診療所でやっていたそうだ」
総司は千鶴を見ると、お盆を総司の枕元に置いて正座をして微笑んでいる。
(なに、千鶴ちゃんまで、様子がおかしい)
総司は落ち着かぬのを隠そうと火鉢の傍に胡座をかいた。
「咳はもう出てないよ。僕ちゃんと大人しく部屋にいるでしょ」
「沖田さん、お布団に横になってください」
千鶴は蒲団を整えて、総司を促す。
総司は千鶴の様子がいつもと違うので、云われるままに蒲団に潜って横になった。
「山崎さんが、とても良い百草を買って来て下さいました」
千鶴は笑顔で盆から木箱を取って蓋を開ける。
何とも言えない芳香が部屋に漂った。
「今から、灸を据える」
斎藤が静かに言うと蒲団の上から総司の足を押さえた。
総司は咄嗟に起き上がろうとしたが、千鶴の指に喉仏を押さえつけられ動けない。
(何、二人とも半笑いで)
総司は心底怯えた。
「なに言ってるの? お灸なんて、姉上にもされた事ないのに」
上擦った声しか出ない。
千鶴は真剣な表情で、指で喉仏をたぐり、鎖骨と鎖骨の間にある窪みを確かめる。
「天突です。ここにお灸します」
千鶴は百草を小さな粒に丸めると天突に置いて、線香に火鉢から火をともし百草に火を置いた。
それは一瞬の出来事で、総司は微動だに出来なかった。それから千鶴は持って来た和紙を拡げて、総司の顎の下に置いて顔を覗き込む。
「煙を吸い込まないように、目も瞑って下さい。この百草はとても良く燃えるので直に終わります」
喉がジーンと温まる。総司は千鶴に云われるままに目を閉じた。
「はい、喉は終わりましたよ」
千鶴は濡れ手拭いで総司の喉を拭き取る。上蒲団を着せ掛けて、総司の左腕を蒲団の横に出した。
「次は尺沢。先に左からしますね。さっきみたいに動かないで下さいね」
千鶴は手際良く、経穴を探し灸を据える。和紙で総司が煙を吸い込まないよう遮りながら掌を総司の額に当てる。
総司は目を瞑りながら、幼い時に姉のみつに看病された事を思い出した。
優しくて、ちょっとひんやりとした手。
総司が弛緩していくのを感じた斎藤は足を抑えるのを止めて、千鶴を見た。
「はい、左は終わりました。今度は右腕です」
千鶴は反対側に回って総司の右腕をだすと、尺沢に灸をした。
「微熱があります。もう一つ咳封じの経穴がありますが、其処は熱がある時は温めない方が良いのでやめておきます」
「これで咳が止まるの?」
総司は幼な子のように訊ねる。
「はい、肺につながる気と血の通り道の経穴をこうして温めると治癒力が増します。咳が止まるとぐっすり眠れるようになります」
千鶴は総司の右腕の百草を手拭いで拭うと蒲団に戻した。
「沖田さん、次は腎を温めます」
千鶴はそう言うと、火鉢の上の 鍋から湯のみを取り出した。
斎藤はずっと千鶴を眺めていた。
「背中に生姜と蒟蒻の湿布をします。腎は背中側にある内腑です」
千鶴は、総司の上半身を起こすと、背中側から着物を脱がせた。そのままうつ伏せになるように寝かせた。借りて来た猫の様に大人しく素直な総司を見て 斎藤は内心驚くばかりだった。
(大した手際だ)
千鶴は持って来た手拭いを総司の肩に掛けた。腰にも手拭いを拡げ。背中の肘の線の延長上に晒を重ねた。
鍋の中にあった湯呑みに入った生姜汁を晒にかける。
鍋の中で温めてあった蒟蒻を二つ取り出して晒に載せる。その上から、手拭いを被せると、上蒲団をそっとかけた。
「ちょっと、熱いよ。千鶴ちゃん」
「わかりました、蒟蒻の間に手拭いを挟みます。温かく感じる位がいいので」
総司は首を向こう側に向けて、丁度いい温かさだと呟くと静かになった。
千鶴は百草や湿布の道具を仕舞って。総司の行李から長着の着替えと新しい敷布を出した。
「眠ったのか」
斎藤は総司を眺めながら訊ねる。
千鶴は、微笑みながらそっと頷く。
「これで一刻は続けて眠られると思います。微熱が出ているので、寝汗を沢山出せば良くなります」
小さな声で囁く様に話す。
「大した手際だった」
「いいえ、斎藤さんが居て下さったお陰でお灸が出来ました。有難う御座いました」
「灸は江戸の診療所でやって居たのか?」
「はい、父様は灸を最初にします。それでも血の毒が消えないと切って身体の外に出すようにしていました。腎は肺と繋がっています。風邪を引いた子供には蒟蒻湿布が効きます。私は診療所の別部屋で寝かされた子供の番をして居ました。湿布をして一刻眠ると大抵熱も引きます」
「あの総司が童の様に素直なのは、局長の前だけだと思って居た」
斎藤は、静かに寝息を立てている総司を眺めながら呟いた。
「余程、眠りが浅くて疲れていらっしゃるのでしょう」
「これで、薬を飲んで貰えると良いのですが」
「来月には近藤さんも江戸から戻られる。総司も元気になる」
「そうですね、近藤さんがお戻りになれば、きっと」
千鶴と斎藤は暖かい総司の部屋で半刻程話し込んだ。
昼前に平隊士に稽古を付ける約束があると、斎藤は部屋を出た。
千鶴は、寝汗をかいている総司の額や首元をそっと拭った。
枕の下に何か赤いものが挟まってあるのが見えた。取り出すと小さな瓢箪が六つ。
六つの瓢箪で【無病たん】稲荷山の薬力社の御守り
斎藤さんはいつの間に買ってたんだろう。
紅絹の布に大切に包んである。
この紅絹、きっと沖田さんの姉上様の物かも。
千鶴は微笑みながら瓢箪を包み直すと、そっと総司の枕元に置いた。
早く元気になって刀を振るえます様に。斎藤さんと共に戦えますように。
総司の寝顔を見ながら千鶴は強く祈った。
つづく
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