はじめのはじめて

はじめのはじめて

FRAGMENTS 2

平成三十年三月

 千鶴と会津行きを決めてから数日。斎藤は、早速旅行の準備を始めていた。千鶴の大学入試の結果は合格、春から女子大に通うことが決まった。高校生活は、もう数週間を残すのみ。授業も殆ど無く、旅行の下調べと準備に時間を割けると喜んでいた。

 旅行は三月の下旬の二週間。二十日に東京を発つ。千鶴も一緒に付いてくることになった。二十日は、夕方に向こうの道場主に挨拶に行くだけ。朝に東京を発てば、日中に少しだけ市内の観光ができそうだった。近藤に問い合わせると、宿は先方が用意してくれているが、もし他の宿がよければ、自分で見つけて早めに主催者に連絡してキャンセルをお願いすれば良いということだった。

「俺は女房も連れていこうと思っててな。部屋をいい部屋で取り直す。少し贅沢だが、これも家族サービスだ」

 そう言って電話の向こうで近藤が笑っていた。電話を切ってから、斎藤は早速、ネットで泊まる旅館の部屋の空室情報を見てみた。ツインの部屋が手頃な値段であった。食事とのプランなど、探すといっぱい出てくる。画面をスクロールしながら、客室情報も調べた。

 ツイン和室、朝夕食つき 
 ツイン和室、デラックス季節の特別メニュー 
 ツイン洋室、露天風呂付き、デラックスメニュー
 ダブル洋室、デラックス露天風呂付き
 ダブル洋室、デラックス、離れの露天風呂

 斎藤は、客室の写真を見て、ツインとダブルの違いが判った。ベッドが二つに分かれているのがツイン。

 ベッドが一つがダブル

 これは……。写真で見ているだけで興奮して来た。値段を調べたら、とうていデラックスとついてあるものには手が届かない。残念だがダブルの部屋は諦めた。ツインの和室が良かった。一緒の部屋に泊まる。ずっと二人きりだ。空室もある。迷うことはない。予約に進もう。

 その後はあっという間だった。予約はスムーズに済んだ。後で、予約確認の連絡が来て完了だった。よし。斎藤は、LINEで千鶴に宿の手配はしておいたと連絡した。直ぐに、千鶴からお礼の返信が来た。クマのぬいぐるみの心臓が♥型になっていて、ピンクのハートが宙に飛んでいくスタンプが押してあった。斎藤は微笑みながらスマホを閉じた。

 翌日、千鶴からLINEが届いた。

 もうあと3日で卒業式。
 福島と会津若松の旅行ガイドを買って
 行きたいところチェックしてます。
 鶴ヶ城は必ず行きたい

 斎藤は返信した。

 鶴ヶ城は演武会場だ。
 着いたら天守に上がろう
 稽古に行ってくる。

 千鶴から、行ってらっしゃいと直ぐに返信が来た。斎藤は、試衛館の稽古の準備をして道場に向かった。

 道場について道着に着替えに更衣室に入ったら、スマホの電話が鳴った。前日に部屋の予約をした温泉宿だった。希望通りの部屋に空きがあったが、一日だけ部屋がとれないという。斎藤は、それでもOKだと言って、予約確認をした

「はい、それでお願いします。同行者の名前は、ゆきむらちづる。雪に村、千鶴は、せんにつるの千鶴です」

「……、はい、わかりました。宜しくお願いします」

 そう言って電話を切ると視線を感じた。振り返ると更衣室の入り口で総司と平助が笑って立っていた。

「はじめくん、会津に千鶴と行くんだって?」

 平助が、畳に滑り込むようにして座って尋ねた。斎藤が、ああ、と一言返事すると。へえ、いいなぁと平助が笑った。

「道場交流に彼女同伴ってね。結構なご身分じゃない」

 総司が斎藤の隣にごろんと横になって話す。

「同じ部屋予約したんでしょ? 千鶴ちゃん、よくOKしたね」

 もう、既に斎藤の頬が紅くなってきている。「関係ないだろ」と一言怒ったような表情で言うと、斎藤は着替えを始めた。

「ツイン、ダブル、どっち? もしかして、ダブル?」

 斎藤は、そう尋ねる総司に顔を向けないまま、「和室だ」とだけ答えた。

「ふーん。二人で布団並べるわけね」

 そう言う総司に、平助が「ええー」と驚きの声を上げて笑い出した。斎藤は、黙々と着替えている。総司と平助は二人で、「いよいよだね、はじめくん」と囃し立てる。

「なにがだ」

 斎藤は、怒ったように答えると。決まってんじゃん、と二人が斎藤に襲いかかってきた。抵抗する斎藤の上に二人が折り重なるように飛び乗る。すかさず平助は斎藤の股間を掴んだ。

「平助、やめろ!」

 斎藤が、暴れて抵抗する。総司は笑いながら、今から鍛えないとね、と言うと。平助から逃れたばかりの股間を思い切り掴んで引っ張った。平助が再び、斎藤の手足を後ろから羽交い締めにして抑える。

「やめろ、総司」

 斎藤は、思い切り抵抗して平助を振り切った。そして両足で斎藤の胴を押さえつけている総司の腕を掴むと、思い切り放り投げた。

「イタい。酷いなあ。せっかく、僕が鍛えてあげてるのに」

 そう言いながら、笑う。

 斎藤は、二人を振り切って、着替えを素早く済ませると、道場に向かった。



****

はじめのはじめて

 翌朝、LINEにグループからの招待が届いた。

【はじめのはじめてを見守る会】

 メンバーは、Swordman(総司)、The 魁(平助)

 別に総司から「入ってね」と一言LINEが届いていた。斎藤は無視した。

 夜になって、スマホを見ると千鶴からLINEが数回来ていた。会津若松は気温が低いから防寒着を忘れずにと書いてあった。斎藤はわかったと返信した。千鶴に返信の続きをと思っていると、電話が鳴った。総司だった。

「ねえ、招待送ったから入って」

「なにをだ」

「だから、見守る会だよ」

「なにをだ」

「はじめくんのだよ」

「俺は、なにも見守られる必要はない。切るぞ」

「いいよ、はじめくんが入らなきゃ、千鶴ちゃんに入ってもらうから」

「なにを言っている。雪村を入れてどうする気だ」

「だから、見守るんだよ」

「いい加減にしろ、総司」

「じゃ、はじめくん抜きで僕らでやるから」

「雪村を巻き込むな」

「じゃ、はじめ君入って」

 そこで総司は一方的に電話を切った。斎藤は、電話をかけ直したが、同時に総司からLINEが入った。

 Swordman:入ってね。そしたら千鶴ちゃんは招待しないから

 斎藤は、仕方なくグループの招待を受けた。直後に平助からグループLINEが入った。

 The 魁:見守る会、会員1号のへいすけです! つか、はじめくん、正直どこまでやってるの?

 S:会員2号兼主催、手を繋いでるのは見たよ。キスぐらいはしてるんじゃない?

 斎藤は、スマホの画面を見て完全に固まっていた。あいつら、今度会ったら斬る。怒りがこみ上げている最中にも、もの凄い勢いでLINEが続いていた。

 The 魁:なんかムカつくよな。千鶴、可愛いからさ。

 S:はじめくん、答えなよ。どこまで?

 The 魁:高校の時に、チューぐらいは済ませてんだろ

 S:風紀委員長だから、チューも我慢してたとか

 斎藤は、グループから抜けようと思った。退会しようと画面を切り替えた時、再び総司からLINEが入った。

 S:退会しようとしても駄目だよ。ちづるちゃん誘うよ

 斎藤は、グループ画面に戻った。

 H.Saito: いい加減にしろ、総司。雪村を巻き込むな。

 The 魁:ようこそ、はじめくん。初キスはいつだよ?

 H.Saito: 平助もいい加減にしろ。大体、俺はおまえ達に見守られる義理も筋合いもない。

 S:ま、そうだけどね。でも、僕は見守るよ。なまあたたかくね。それでいつなの?

 The 魁:オレも。なまあたたかーく見守ってるよ。

 Swordman:それで? もうどこまで済ませたの?

 H.Saito:答えぬ。雪村の名誉のためだ。

 S: じゃあ、千鶴ちゃん招待して、千鶴ちゃんに聞いちゃおう。

 H.Saito: くちづけだけだ。

 The 魁:(おめでとうスタンプ)

 Swordman:(おめでとうスタンプ)

 The 魁:じゃあさ、もういきなり旅行先でってこと?

 S:いや、旅行前に上がり込んでるかもよ。千鶴ちゃん宅に

 H.Saito:いい加減にしろ。俺はもう寝る。もう書き込みもせん

 Swordman:おやすみ、はじめくん。いやらしい千鶴ちゃんの夢を。

 H.Saito:いい加減にしろ、総司。

 Swordman:夢で、予行演習をしときなよ! 千鶴ちゃんとおやすみー

 The 魁:俺も寝よっと。おやしみさん

 斎藤は、どっと疲れた。一体、あいつら・・・・・・。俺をからかうなら我慢できるが、千鶴を巻き込むなど、許せん。それに旅行に行くまで、ずっとこれが続くのか。下手をすると、旅行中にもLINE責めにされる。あいつらなら絶対そうだ。容赦せずに責めてくる。斎藤は、ぞっとした。千鶴にだけは知られてはならん。

 千鶴だけは巻き込まれては。

 斎藤は、平助と総司からの責めを一身に受けようと覚悟した。



*****



 卒業式が終わった千鶴と週末に会う約束をした。千鶴は旅行ガイドを持って来るらしく、二人で観光の計画を立てたいという。待ち合わせは、駅前のネットカフェにした。

 土曜の朝は晴れて気持ちが良かった。もう日差しが出ているとコートも要らないぐらいの陽気。千鶴は、白い薄いニットのワンピース姿で現れた。髪を下ろして左側の髪だけ上げて髪留めをつけている。斎藤は、久しぶりに見る千鶴がまた一段と可愛くなったと思った。うっすらとピンクに輝く唇は、化粧をしているのか。綺麗だ。

 通りに面した大きな窓のカウンター席で、斎藤はノートブックを拡げていた。千鶴が席について飲み物をオーダーすると、さっそくガイドブックを取り出した。「福島と会津若松」と表紙に書かれてある。ポストイットが沢山はさんであった。斎藤も自分のノートの画面を千鶴に見せた。会津若松観光協会のサイトだった。千鶴は、嬉しそうに覗き込んだ。斎藤の肩に頬を寄せる千鶴からふわりと甘い香りがする。シャンプーの香りか。いつも千鶴から漂うこの匂いが大好きだ。画面を指さす、華奢な指先も可愛い。斎藤は、横目でそっと千鶴を眺め続けた。

 鶴ヶ城、さざえ堂、飯盛山、七日町通り、滝沢本陣跡、武家屋敷

 千鶴は、飯盛山とさざえ堂、お城には昔行ったことがあるという。調べると、飯盛山とさざえ堂は場所が近い、滝沢本陣跡も、白虎隊が出陣した場所で、さざえ堂から近かった。地図で確かめると、主要な観光地は皆、市内に集中していた。滞在する東山温泉だけが山の上で少し離れていた。周遊バスで廻るか、レンタカーを借りようか。そんな相談をした。千鶴は、滞在する旅館を見たがったのでネットで検索した。温泉に露天風呂や、川沿いの大きなテラスがあるのを千鶴が楽しみだと喜んでいた。近藤先生と一緒に食事処で食事になるだろうと斎藤が伝えると、修学旅行みたいだと嬉しそうにしている。

 修学旅行

 確かに。近藤先生が引率される。だが、斎藤は稽古以外では、近藤とは別行動になるだろうと思っていた。というより、別行動を希望していた。先生は主催者との付き合いもあるだろう。ご家族も連れて行くと言っていた。ご家族で過ごされる。俺もだ。連れの千鶴と過ごす。出来れば、二人きりで。

 ずっと二人きりで。

 あれやこれやとしたい事があるのだ。知らない街で、初めて行く場所を二人でまわる。会津はいいところだ。古い町並みが残っていて美しい。交流する道場主の人柄もいい。きっと会津の人々はあのような人が多いのだろう。斎藤は、千鶴の手を引いて古い城下を歩く姿を想像した。稽古の後に、千鶴とゆっくり散策する。

「もう、待ち遠しくて。わたし、七日町の雑貨屋さんに行きたい」

 千鶴はガイドブックを斎藤に見せて、ここも、ここも行きたいと指さしている。斎藤は、行きたい所は全部まわろうと言った。

 千鶴とそのあと食事をしてからモールを歩いた。夕方に一旦稽古に行く為に家に着いてから、宿が1日分だけとれていなかった事に気がついた。斎藤は、あわててネットで宿探しを始めた。旅館はどこも満員だった。温泉地から離れた町中のホテルに空きがあった。千鶴が行きたがっていた七日町のホテル。ツインとダブル、どちらも空いていた。部屋の写真を見てダブルの部屋にした。1日だけ。それならばいいだろう。

 1日だけひとつのベッドで。

 思い切って申し込み画面に進んで、一気に予約完了した。気持ちが昂ぶっている。やってしまった。だが、もう止められぬ。決めた。もう決めているのだ。

 千鶴を抱こう

 会津で、温泉宿で、七日町のダブルベッドで。

 斎藤がそう決心して独り盛り上がっていた時、LINEの通知音がした。【見守る会】からだった。

 The 魁:もう10日きったね。初めてまでカウントダウン

 Swordman:はじめくん、鍛えてる?

 The 魁: 千鶴も来月から女子大生かあ。合コン誘おうかなあ

 H.Saito: 雪村は平助の合コンには行かせん

 The 魁: なんでだよ

 H.Saito:魂胆がみえみえだ。「おもちかえり」はならん

 The 魁:はじめくんは、了見がせまい。俺の合コンはそんな不純なもんじゃねえよ。交流、交流一番

 Swordman: 千鶴ちゃんは可愛いから、すぐ「おもちかえり」だね。僕が行けばだけど

 H.Saito: 絶対行かせん。

 Swordman:なに、その。旦那気取り。まだ済ませてもいないくせに

 H.Saito:なにをだ

 Swordman: とぼけちゃって。SEXだよ。せっくす

 The 魁: 見守る会1号会員、はじめ君のはじめてを応援しまっす!

 Swordman: ぼくもだよ。それで鍛えてるの? 千鶴ちゃんは、同じ部屋に泊まるって嫌がってない?

 H.Saito:嫌がってはおらん。

 The魁:初体験同士ってのが、いいね

 Swordman:青い感じがして、いいね。

 H.Saito:言っておくが、俺は初体験ではない。

 The 魁:童貞じゃないの? 嘘だ

 H.Saito:嘘ではない。もう済ませている。

 H.Saito:去年の正月だ。

 Swordman:相手は? 風俗?

 H.Saito:そうだ。

 The 魁:去年の正月なら、俺より先じゃん。なんだ、おれが「さきがけ」だと思ってたのに

 Swordman: はじめくんてさ、お商売の人とだったんだ。意外

 H.Saito: 親戚の叔父に無理矢理連れて行かれた。酒に酔っていてよくわからない内に終わった。

 Swordman: 風俗って、それ一回きり? ずっと通ってるとか

 H.Saito:それきりだ

 The 魁:じゃあさ、【はじめくんのはじめて】じゃないじゃん。

 Swordman:グループ名って変えられないね

 Swordman:

【はじめくんの千鶴ちゃんとのはじめてを見守る会】

 The 魁: はじめくんの千鶴との初めてを見守る会、会員1号へいすけです。はじめくん、それじゃあもう、リードばっちりじゃん

 Swordman: 会員2号主催。もう筆下ろしが済んでるなら、あとは鍛えておくだけだね

 The 魁: 生暖かく見守ってるぜ

 Swordman:生暖かくね。近藤先生は、二人で泊まるって知ってるの?

 H.Saito: まだ伝えておらん。

 Swordman: 反対されるかもよ。近藤先生は、千鶴ちゃんの保護者だからね。

 The 魁: そうだよ。千鶴の親父さんが不在の間、近藤先生が後見人だって言ってたぜ。

 Swordman: ちゃんと許可とった方がいいんじゃない? 千鶴ちゃんとセックスしますって

 斎藤は愕然とした。そうだ。ずっと言い出せていなかったのは事実だ。近藤先生は千鶴の後見人だ。千鶴が無事に薄桜学園を卒業するまで、父親がヨーロッパから戻るまで近藤先生と土方先生が後見人となっていると聞いていた。うっかりしていた。会津行きに千鶴を誘ってから、舞い上がってしまっていた。

 近藤先生に許可を頂こう。

 斎藤は再びLINEに戻った。

H.Saito:先生には許可を頂く。ちゃんと説明する。

Swordman: 近藤先生に反対されたらどうするの?

The 魁: 反対しそうだよな。先生、男女交際には厳しいもん。男子たるもの一介の武士になるまで、女子には触れちゃあいかん、ってよく言われたよ。

The 魁:でも、はじめ君は師範代持ってるんだし。もう一介の武士なんじゃねえの?

H.Saito:先生のお考えで、反対されるなら。俺は従う。

Swordman:我慢できる? 我慢しそうだけど。いやらしい千鶴ちゃん目の前にして

H.Saito: 総司、いい加減にしろ。千鶴はいやらしい事など決してない

The 魁: でもさ、あの可愛い千鶴だぜ。会津みたいな場所でさ、それも旅館だろ。浴衣とか着ちゃって、風呂上がりにいい匂いとかしたらさ

H.Saito:平助、俺はもう寝る。明日先生に会いに行って話す。

Swordman:せいぜい頑張って。もし反対されたら、近藤先生も【見守る会】に招待するよ。

H.Saito:いい加減にしろ、総司。俺はもう寝る。

Swordman:おやすみ、はじめくん。千鶴ちゃんの、浴衣姿のやらしい夢を

The 魁: おやしみー。いい夢で抜いちゃってー

 斎藤はどっと疲れた。これがあと10日間も続くかと思うと更に疲れた。あいつら、許さぬ。だが、近藤先生に話すのを避けていたのは確かだ。きっと反対されるだろう。だが、これもけじめだ。父親が不在の千鶴を旅行に連れ出すのは、やはり許可がいるだろう。

 反対されたら、それまでだ。

 残念だが、我慢。我慢だ。

 斎藤は、気が重くなりながらベッドに入った。その夜は、あまりよく寝付けなかった。千鶴の浴衣姿を想像すると余計に目が冴えた。ずっと旅行の計画をたてていた時の千鶴の嬉しそうな横顔を思い出した。明け方まで半分眠っているような、起きているようなそんな状態で、平助の言った通りにしてやっと眠りにつけた。




つづく

→次話 FRAGMENTS 3




(2018.03.07)

コメントは受け付けていません。
テキストのコピーはできません。