鬼と蒟蒻
明暁にむかいて その12
明治八年五月
先月から頻繁に現れていた原田左之助と永倉新八が本格的に北海道開拓事業の準備を始め、診療所に来ることがなくなった。今日も朝から夕方に原田達が来ることになっていた約束が直前にとりやめになった。ご馳走を作ろうと張り切っていた千鶴は、がっかりしながらも買いそろえた食材を保存食にしようと、朝からずっと台所に立っていた。
その日は斎藤は夕方早くに仕事を終えて帰ってきた。制服を長着に着替えて寛ぎ、居間の大きなお膳の上に大きな図面を拡げている。
それは、今度診療所の庭につくる簡易厩の見取り図。警視庁から特別に許可が下りて、斎藤は逓信部の馬を一頭移動用に廻して貰えることになった。馬があれば、鍛冶橋の庁舎への報告も一時間もあれば終えて帰って来ることが出来る。乗合馬車に合わせることもなく、早朝から陽が暮れるまで自由に動くことが叶った。自宅で一晩馬を預かる厩を造る許可ももらった。今月の終わりには、逓信部の馬場まで出向き、馬別当と面会することになっていた。
診療所の庭と玄関の間に大きな庇が伸びて、その下に厩を造り付ける。千鶴は斗南の直家の土間と同じ状態にしたいと張り切っていた。馬を世話する道具も揃えなくてはと、自分の帳面にも書き込みをしては毎晩のように斎藤に相談をしている。
はじめさん、日本橋でいい刷毛が手に入ります。
はじめさん、干し草を逓信部さんから譲ってもらいましょう。
はじめさん、桶屋さんに沢山、大きめの桶を注文しないと。
はじめさん、井戸から樋をひいて水場を用意してください。
馬のためです。
診療所に馬が来ることで、毎日が大わらわだった。そして、いよいよ翌週から厩の建て付けに大工が来ることになり、斎藤はその図面の最終確認をしていた。千鶴は図面を一緒に確認したいといって、大きな竹かごに大量に蒟蒻を持って居間に座り込んだ。
「今日は原田さん達が見えたら、牛鍋にしようと思っていましたのに」
そう言いながら、蒟蒻を膝の上の手拭いにのせて、どんどん手で千切って行く。
「これ全部炒り煮にします。お味噌味にしましょうか」
大きな蒟蒻が三枚もあると斎藤に見せて、千鶴はどんどんもう一つの駕籠に千切った蒟蒻を入れている。そこに、診療所の廊下から息子の豊誠がぱたぱたと走って来た。千鶴の背中にしがみついたが、駕籠の中の蒟蒻をみた途端、目を大きく開いてびくびくと震えだした。だんだんと目に涙が溜まり、うわっと声をあげて縁側の総司に駆け寄って行った。
総司は縁側で静かに寝ていた。坊やは総司の腹に顔を埋めるように突っ伏して大泣きしている。千鶴はそれを見て溜息をついた。
「どうした、一体?」
斎藤は、お膳のこちら側から縁側で泣く子供を覗きみるように眺めて驚いている。一体、何が起きた。
「豊誠は、蒟蒻が怖いんです」
千鶴がぼそっと呟くように言う。その手はずっと止まる事もなく、蒟蒻を千切り続けている。縁側で突っ伏して泣く豊誠の頭を、眠りから目覚めた総司がやさしく舐めていた。
「なにゆえ、蒟蒻を怖がる」
そう言って、斎藤は立ち上がると、縁側で突っ伏す子供を背後から抱きかかえた。子供はずっと両手で目を覆ったまま更に大きな声で泣き出した。普段から、めったに駄々を捏ねることはなく、泣いてもすぐに泣き止む。いつもと様子が違うことを斎藤は訝った。居間にそのまま抱き上げて斎藤が腰をかけようとすると、嫌だ嫌だと身をよじって嫌がる。
「どうした」
なだめようとする斎藤に、千鶴はふてくされたように続ける。
「坊やが悪いんです。やんちゃが過ぎるので、閻魔様に連れて行ったんです」
「閻魔……。【こんにゃくゑんま】か?」
千鶴は黙ったまま、ふてくされたように頷いた。
「言うことを聞かない子供は、ゑんま様に目玉を抜いてもらうって」
「蒟蒻をお納めして、そうしてもらうって言ってきかせたんです」
斎藤は千鶴の言い草に驚いた。泣き続ける子供と千鶴が千切り続ける蒟蒻の山を交互に眺めると、
「それで、蒟蒻が怖いのか」
斎藤は呟いた。千鶴は拗ねたような口調でさらに続けた。
「坊やが悪いんです。乱暴が過ぎます。ものを振り回すと危ないといっても聞かない。飛び降りては駄目と言っても聞かない。私が怒ると、すぐに沖田さんの所に隠れて、二人で逃げてしまって」
「この前も、箒を振り回すので取り上げたら、物干し竿を振り回して。もう少しで納屋の戸板が突き破られるところでした」
「父様にいいつける、っていっても聞きません」
「だいたい、はじめさんは帰ってくるのが遅いじゃありませんか。昼間、坊やが悪いことをしても、誰もきつく叱ってくれる人はいません」
「だから、ゑんま様にお願いに行ったんです。はじめさんの代わりです」
千鶴の小鼻はふくらんで、随分と興奮している。子供を叱る自分が家にいない事に、随分と腹を立てているようだ。確かに、自分は家を空ける事が多い。だが、日中家には数時間だが帰って来ている。その時に子供を叱る必要があれば、ちゃんと躾をしているつもりでいた。だが、どうも其れでは足りないらしい。
ずっと泣き続ける子供を抱いたまま斎藤は、奥の間に行くと畳に子供を下ろした。豊誠はずっとしゃくり上げ続けている。斎藤は襟巻きを首に巻いた。腰に大小を指すと、再び子供を抱き上げた。
居間に戻った斎藤は、千鶴に出掛ける支度をしろ、と一言。縁側で寝そべる総司に、「総司、しばらく留守を頼む」と断ると、そのまま坊やを抱いて玄関に行き下駄を履かせた。千鶴は、「お散歩ですか」と、居間の廊下から声をかけた。
「その蒟蒻をもって寺に行く。財布は俺が持っている。行くぞ」
そう言う斎藤の声と玄関の戸を開くカラカラという音が聞こえた。千鶴は、あわてて前掛けをとって、髪を整えて紅を引くと、羽織をはおって表にでた。斎藤は道の先をどんどんと歩いていっている。千鶴は、蒟蒻の入った駕籠をかかえて足早に追いかけて行った。
******
蒟蒻閻魔
小石川の【こんにゃくゑんまさん】は診療所から坂を下ってすぐの所にあった。小さな本堂の閻魔像は木造。大変古いもので鎌倉時代までその歴史は遡る。彩色された立派な像だ。この閻魔像は、右目が濁っている。昔、眼病を煩った老婆が治癒の願いをかけたのを、この閻魔像が自らの片目をあげて治したという伝説があった。以来、老婆は好物の蒟蒻を絶って、お礼に蒟蒻をお供えするようになった。今でも本堂の台の上にはお供え物の蒟蒻が沢山置かれている。このように寺は、蒟蒻閻魔として近隣で信仰されて来ていた。
千鶴も小さい時から父親の診療所に来る患者さんから、この霊験灼あらたかな【ゑんま様】の話を聞いて育っていた。暴れ回る子供に日々悩んでいる千鶴が、斎藤以外に唯一子供を叱ってもらえる存在として頼ったのも納得できる。斎藤は、歩きながらつらつらとそんな事を考えていた。
ゑんま様の境内に入った途端、また豊誠が大声を上げて泣き出した。余程怖いのか、斎藤の首にしがみついて足で斎藤のお腹を蹴って今にも宙を走って逃げて行きたい様子だった。
「じっとせぬか。父は、今から閻魔様に話をする。恐れることはない」
斎藤は、豊誠を正面から見詰めて諭すと、そのまま本堂の中に入って行った。千鶴も駕籠を抱えたまま入って行った。豊誠は大絶叫のまま。斎藤は、「静かにしろ」とキツい言い方をして豊誠を千鶴に預けた。千鶴は慌てて、手に持っていた蒟蒻の駕籠を祭壇の上において頭を下げた。斎藤も閻魔像に一礼した後、突然腰の打刀を抜いた。
「今日は、己の拙息の事でお願いに参った」
お願いにと言いながら、斎藤の眼光は鋭く光り、そのまま刀の切っ先を閻魔像の喉元に向けている。千鶴は驚きの余り、口が開いたまま言葉が出てこない。
「息子の狼藉に、母親が手を焼いている。母親は貴殿に息子の目を奪うように頼んだようだが、それは困る。一度かけた願だが、戻してもらいたい」
薄暗いお堂の中で、閻魔像は向けられた切っ先に怖じ気ずく様子はみじんも見せていない。じっと沈黙をしたまま恐ろしい形相で前を見詰めている。
「どうだ、戻せぬようなら、俺はあんたのもう片方の目を奪う」
斎藤は、刀の切っ先を閻魔像の左目に移した。斎藤の突きで一瞬で目玉を抉りとることは簡単だろう。千鶴は、恐れ多くて震えだした。はじめさん、閻魔様になんて事を……。茫然とする千鶴を感じたのか、子供はいつの間にか泣き止んでいた。千鶴の首にしがみ付きながらも、首だけを斎藤と閻魔に向けて一部始終をじっと見ていた。
「解って貰えたことに感謝致す。あんたに俺から願いがある」
斎藤は、もう閻魔様を【あんた】呼ばわりしていた。千鶴は、だんだんと身の震えが止まってきた。斎藤は、刀を鞘に納めると姿勢を正した。
「この者が狼藉を働いて母親を困らせたら、真っ先に俺に報せてもらいたい。聞くところによると、あんたは韋駄天とも仲がよく、千里を一瞬で駆ける事も叶うとか」
「俺の元へ報せてくれれば良い。母親を困らせる者は、俺が成敗する。たとえ己が息子でもだ」
閻魔像は変わらずに真っ直ぐに前を見たままだった。斎藤は、深く一礼をした。
「蒟蒻をここに置いておく故、宜しく頼む。息子の目は決して奪わぬよう。母親を困らせぬよう見守って貰えるようお願い申す」
千鶴も斎藤と一緒に深く頭を下げた。お賽銭を沢山置いて、本堂を後にした。
斎藤は境内を出ると、再び子供を抱き上げた。もう恐れる事はない。母の言うことを良く聞け。そう言うと、豊誠は身をまっすぐにして、「はい」と良い返事をした。斎藤は優しく微笑みながら、坊やの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。千鶴は、空っぽの駕籠を抱えて隣で微笑んでいる。
(わたしには、「こんにゃくで脅すような真似を」と怒っておきながら、ご自分だって)
斎藤が閻魔さまに刀を向けた姿を思い出す。でも良かった。坊やを叱ってばかりの毎日に、いい加減嫌気が差していた。やんちゃな坊や。もっと広い場所で、思い切り遊ばせてあげれば良いのかもしれない。千鶴はぼんやりと、不知火が空高く子供を放り投げていた事を思い返す。自分に男鬼の力があれば。不知火さんのように、もっと広い場所に坊やを連れて行けるのかしら。
千鶴がそんな事を考えている内に、自宅への帰り道とは違う道を歩いていることに気がついた。斎藤は子供を抱っこして、角を曲がると、赤い暖簾の下がった小さな煮売り屋の店の戸を開けた。中には小さな厨房を取り囲むように台が出来ていた。大きな鍋におでんが煮てあって。店は美味しい御出汁の匂いで充満していた。店の主人の「いらっしゃい」という声がした。斎藤は主人と女将に挨拶をすると、三人で腰かけた。
「いつものを三人前頼む」
斎藤は、この店に来慣れているようだった。「はいよ」と返事をした粋の良い主人が、お皿に【おでん】をふんだんによそって差し出した。どれも柔らかく味がしみて美味しい。薄味の御出汁が優しく、小さくお箸で切った大根や練り物を豊誠はどんどん食べて行く。
「おいしいね」
千鶴が微笑みかけると、「うん」と頷いて、子供は大きく口を開ける。斎藤は、蒟蒻の田楽を頼んだ。真っ白な柔らかい蒟蒻の串刺しに、甘い味噌をつけたものが出てきた。斎藤は、それを少し冷ますと、子供の口に運んだ。坊やは上手に前歯でかみ切って一口食べた。唇をとがらせて頬張る顔が可愛らしく、頬についた味噌を拭ってやりながら斎藤は笑った。
「どうだ、蒟蒻はうまいだろ? これは父の好物だ」
そう言って、田楽をどんどんと食べていった。店の主人は、斎藤の好みの酒も良く知っていて、新しい地酒が入ったと言って、湯飲みに何種類ものお酒を入れては持ってくる。聞き酒のようになって、斎藤はじっと味わっては、これもうまい、これも良いと上機嫌だった。千鶴は、女将さんが炊きたてのご飯を握ってだしてくれた小さなおむすびを子供に食べさせて食事を終えた。店を出ると、外は夕闇で暗くなっていた。
ほろ酔いで歩きながら、斎藤は千鶴から子供を預かると背中におぶった。間もなく坊やは、すやすやと寝息を立て始めた。千鶴は、自分の羽織を脱いで坊やの背中に掛けた。
「子がやんちゃなのは、俺に似たからだ」
斎藤が静かに隣の千鶴に話始めた。
「俺も、きかん気が強く、暴れ者で随分母を困らせた」
斎藤が幼い時にそのようだった事は初耳だった。千鶴は驚きながら斎藤の横顔を見ると、斎藤は微笑みながら昔を思い出しているようだった。
「四つ上の兄上は大人しい性質で、反対に俺は母の手を散々煩わせた。縁側を走り回って、床板が抜けたこともある。大名屋敷の塀によじ登って飛び降りるなどは日常茶飯事。悪たれ、粗暴。このままではきっと早くに犬死にすると、母親が毎日泣いておった」
千鶴は信じられない。はじめさんが、物静かなはじめさんが、そんな子供だったなんて。
「はじめさんは、いつから物わかりが良くなったんでしょう。屯所でお会いしたときから、ずっといつも静かでいらっしゃったので、想像もつきません」
「さあ、解らぬ。自分では、生まれてから自分が物静かなどと思ったことはない。だが、母上はよく言っていた。俺に武将の絵双紙を見せると、途端に大人しくなったと」
「渡部綱わたなべのつなや源頼光みなもとのらいこうの絵双紙、刀を勇猛に振り回す者の絵を見せるとじっと動かずに眺めていたらしい」
斎藤は笑って話す。きっと刀に興味があったのだろう。剣術を始めてからは、近所で暴れ回ることもなくなった。母は金を工面して道場に通わせてくれたそうだ。ありがたい。そう思っている。
千鶴は斎藤の小さい頃を想像してみた。小さなはじめさん。きっと坊やそのものだったのだろう。山口のお母上にお会いすることがないままだが、いつか天国でお逢いできたら、はじめさんの幼い時の様子を伺ってみたい。そんな事を考えていると、不思議と気持ちが落ち着いてきた。坊やが鬼の力が過ぎて、大事に至らないかと、もっと広い場所に連れて行かなければと、いつも考えていた。そんな焦りを感じる必要はない。そう思うと、どんどんと胸の辺りが軽やかに感じてきた。同時に隣に歩く二人が、かけがえのない愛おしい存在なのだと実感した。
「豊誠もなにか好きなものが見つかれば、分別がつくであろう」
「総司がよく面倒を見ている。あの総司が相手をしているのであれば、心配はなかろう」
斎藤はそう言って、ゆっくりと坂道を上がっていく。
「ほんとうに。坊やはきっと剣術に夢中になります。はじめさんや沖田さんの様に」
千鶴は真剣な表情の坊やが、はじめさんそっくりで。瞳が青く光る時もあって。そう言ってくすくすと笑う。血は争えません。
「ああ、争えぬな」
斎藤は優しく微笑む。空には、一番星が輝いていた。じっとそれを眺めながら、ゆっくりと二人で歩いていった。
「次の子が出来たら、どちらに似るだろうな」
斎藤は微笑んだまま呟く。次の子。それは、最近千鶴も欲しいと思い始めていた。はじめさん、はじめさんに似た子がいいです。千鶴がそう言うと同時に、
「おれは、千鶴に似た子がいい」
斎藤が呟いた。二人で顔を見合わせて笑った。
「俺は斗南で子が出来ると判った時、千鶴に似ればいいと思った。心根も全て、千鶴にそっくりな子が生まれる事を願った」
「私は、はじめさんに似た子が心底欲しいと思っていました。坊やがはじめさんそっくりで、どんなに嬉しかったか」
斎藤は微笑んだまま前を見ている。二人の子だ。どちらにも似るだろう。
優しい初夏の微風が吹く宵闇。草の香りと、ジーッときりぎりすの鳴き声が聞こえていた。
*****
強くあること
家の玄関に着くと、総司が静かに縁側で待っていた。暗がりで総司は、夜空を眺めていたようだった。千鶴が用意した夕餉を食べると、綺麗に毛繕いをして中庭を横切り出掛けていってしまった。最近総司は、恋仲に逢いに毎晩明け方まで出掛けているようだった。
久しぶりにゆっくりと過ごす夜だった。二人で縁側に座って、斎藤はさらに晩酌を続けた。
「あそこの御影石の敷石。坊やが剥がしてしまって」
千鶴が指をさす。それは、診療所の庭の敷石で一番大きなものだった。一尺四方はある。子供は片手で軽々と土から剥がすと、しゃがんで裏を覗き込んでいたらしい。その数日前に、別の場所で千鶴が石を剥がした下に蟋蟀(こおろぎ)が居るのを見せたらしく。それを覚えていたらしい。
「坊主は、物覚えがよい」
斎藤は感心している。杯を一気に空けると、斎藤は千鶴の手を引いて自分の膝に抱きかかえた。
「俺は身びいきが過ぎるが、坊主の力を頼もしく思っている」
「男は強くなければならぬゆえな」
腕の中の千鶴を愛おしそうに抱きしめながら呟く。
「大切な者を守るために」
千鶴は頷いた。はじめさんは子供が鬼の力を持つことを頼もしく思っている。
類い希な力
強き善き鬼
八瀬の千姫、西国の鬼の一族、まだ会った事のない日の本に暮らす鬼の血族がずっと待ち望んだ存在。千鶴は時折思い出す。坊やの成長を皆が見守っている。
そして、一番身近な父親がこうして見守ってくれることが、千鶴には何にも増して心強く、なんとも言えない暖かい力に包み込まれて安心できた。
斎藤は千鶴を抱き上げて、灯りを消すと奥の間に移った。
「龍の顎門に籠もろう」
斎藤が耳元で囁く。二人で美しい泉に浸かり、柔らかな苔の上で歓び合った一瞬一瞬を思い出す。
千鶴は幸せだった。
次の子。二人に似た子が出来たら。どんなに幸せだろう……。
そうして二人が睦み合う中、診療所の中庭には蟋蟀の声が静かに続き、暖かい夜が更けていった。
つづき
→次話 明暁に向かいて その13へ
(2018.01.25)