ブログ【続・大人向けコンテンツのこと】
皆さん、こんばんは。日に日に、秋めいてきました。
お元気にお過ごしでしょうか。
先日書いたブログ記事「大人向けコンテンツについて」に、読者様からコメントを頂きました。とても示唆に富んだもので、自分の悩んでいる事やこのサイト運営方法など考えるのにとても参考になりました。コメントを送ってくださった方、その節はありがとうございました。
この件、まだしつこく考えています。
ブログに書く事で頭の中も整理されてくるかなと願いながら、つらつらと書きます。あまり薄桜鬼には関係ないことも書くので、ご興味のない方は読まずにいてください。
コメントを書いてくださったご本人に了解をとった上で、コメントの抜粋を以下に載せます。
大人向けコンテンツの記事を読みました。 私は小説を読むのが学生時代から大好きです。 高校生だった時にオムニバス的な単行本をたまたま読んだのですが、その中に内容はSMもののお話が含まれていました。 当時の私はものすごくショックを受けまして、こういう世界があることが怖くて、とても失礼ですが、その本を捨ててしまいました。これまでにいろいろな経験してきましたが、未だにあのお話は心に深く刻まれています。今なら普通に読めてしまいますが(笑) 私は、成人コンテンツは現実と混同せずに「お話」として割り切って読めるのが精神上の成人なのかな?と今まで漠然と思ってきましたが、確かに高校生の時の私のように大人でもトラウマみたいなものを抱えてしまう人もいるでしょうし、線引きって難しいですね…。(一部抜粋)
具体的な作家さんは省略していますが、文芸作品です。二次創作なら、同人誌のアンソロを買って、その中にどぎついエロコンテンツ、しかも好みのカップルでもなくて、他の作品は好きなのに二度と開かなかった。ジャンル自体も嫌いになった。こんな体験と似ています。オフ本あるあるです。このコメントを貰って、小説読む上での成人って「物語」と現実との切り離しが出来る事なのかと思い至りました。実際とても高度なスキルが必要だと思います。
本を読む時(それ以外もお芝居や映画を見る時)に起きる、「suspension of disbelief(不信の宙づり)」は、物語を積極的に虚構の世界と知りながらも本物だと信じ込んでしまうことです。端的に言えば、物語に夢中になって楽しんでいる状態のことだと私は思っています。感情移入して完全にその中に入ってしまう状態。本を閉じてからも、余韻に浸ったり、ショックを受けたまま立ち上がれなかったりするのも、宙づり状態から現実に戻るまでに、コンテンツの力が強ければ強いほど時がかかる気がします。
少し、小説とは異なる映画やゲームの影響について、判っていることを書きます。
脳科学の研究で、攻撃的な描写の映画の鑑賞、ゲームをプレイすることで、脳の前頭葉の活性が下がることが判っています。前頭葉は「認知行動」を司り、自分がやっている事が、どのように将来なっていくか等の判断がされます。善悪の判断、美しさへの判断、人間の社会的な部分を司ります。前頭葉の発達は、成人の25歳ぐらいで発達が完了し、30歳で更に完全になっていきます。
前頭葉の働きが鈍くなる一方で、情動を司る、大脳の中心(目の奥の方)にある「扁桃体」は活性化します。ここは物語を読むことで感動し、良くも悪くも心を動かされる状態。それに直結しています。攻撃的なコンテンツの映像やゲームに触れると、攻撃的な行動を起こす部分が活性化することが判っています。そして、ゲームの場合、短期的メモリーではなく、長期的記憶となって蓄積されるということも判明しています。よく言われるゲーム脳です。
ゲームがどれぐらい人に(特に子供)影響を与えるのかは、長く研究されていて、100%良いものとは言えないです。娯楽として適切な量でプレイすることが推奨されています。(ゲームについては、小説とは少しずれているのでここまでにしておきます)
とても意外だったのですが、小説で成人向けコンテンツを読むことが、どのように影響を与えることがあるのかという点に特化した研究は、過去10年ぐらいしかされていません。非常に短い期間な上に、大した発見や結果がでていないのが現状です。私はここ数日ぐらいしか文献も調べていないので、詳しい研究結果を完全には網羅していませんが、小説は短期的メモリーに影響を与えることが判っています。攻撃的なものを読むと、実際に攻撃的な情動を司る部分が活性化するのはゲームや映画と同じですが、それは一時的記憶として、時間が経つにつれて薄れていく場合が多い。
でも薄れないですよ、凄い内容のコンテンツは。
トラウマになったり、新しい興味の扉を開いてしまったり。難儀です。
認知科学や発達心理の面からの小説を読むことでの影響についての研究は今後に期待です。アメリカでの研究で、十代前半の若者に、性的表現、描写のあるフィクションを読んでいるグループと読まないグループでアンケートをとると、読んでいるグループのほうが、実生活で性体験が早いという結果が。日本だと、コロコロコミック読んでいる小中学生はオクテで、マガジンやサンデー(はては、お兄ちゃんのヤンジャン)読んでいる小中学生の方がオマセって感じでしょうか。普通に少女漫画を読む女子高生と、こっそりTLやレディコミ読む層だと、どうなのでしょうね。性体験が早いとか、そんなに変わらないとか、そんなアンケート結果があれば、見てみたいものです。
いろんな研究や調査資料をみていて、興味深かったのがアメリカの高校の英語科の教師が授業の課題で超人気作品である、異世界ファンタジー(YAヤングアダルト小説)を取り上げたことについて、アメリカ全体の高校生にアンケートをとったものです。小説の中には、「生殖」「性体験」「性暴力」などが取り扱われるショッキングなコンテンツで有名な第4章があって。推奨15歳以上のコンテンツです。多くのアンケート回答者は、シリーズが面白いからずっと読めた。第4章は、「露骨な」描写がなく、ぼやかして書かれているので、ショックは受けなかった、という回答が大半でした。なかには、13歳の中学生が回答していて、10歳の時から全シリーズ読んでいる。描写は15歳未満禁止だとは思わない、など。低年齢からの珍回答もあって。興味深いものでした。
短絡的ですが、読むことである程度、性的な知識を得て行動(実体験)も伴ってくるのかとも思います。でも、実際小説で読んだからといって、実体験で同じことはしないかなあ。10人が同じ本を読んで、10人全員が主人公の影響を受けるかというと違うだろうし。殺人鬼の物語を読んだから、影響受けて自分も猟奇的殺人を行うということにはならない。でも、脳科学的にみると、読んでいる間は、読者はその行動を脳の中では体験しています。それを考えると、私の読書体験では随分、脳内で悪徳を重ね、大冒険、大恋愛、あらゆる体験をしてきていると思います。
頭の中で、どんな行動をしようと思考をしようと、興奮しようと自由です。病的なもの、反社会的、反逆的、性的倒錯、暴力、自傷、他者への攻撃、快感、高揚、恋愛状態、なんでも情動を刺激されて反応するのは当たり前のことです。自然に起きている事で、私たちは能動的にコントロールもしていません。残酷な仕打ちを頭の中だけで実行していても、極端な話、殺人を犯してでも咎は受けないでしょう。
性的なものへの興味。これも自然なことで。幼少期からすでに持ち合わせています。思春期の頃は、身体も大人になって肉体的にも性的な刺激を求めるようになる。これも自然なこと。そして、性的な情報へ晒されるかどうかの問題がでてくるのかな。
また、何かしらの研究結果で面白い事が判るかもしれないですね。前頭葉が25歳から30歳でようやく発達のピークを迎えるなら、10代の若者の判断はやはり未発達で影響を受けやすいから、ポルノグラフィなどの規制をすると条例では書かれています。
ネット上にあるコンテンツは、基本的に誰でもアクセスできる。これを前提として、本当に享受するのは個人の自由としかいえない。フィルタリングがあっても、親や周り、情報提供側(SNSなど)の規制やルールで止められても、年齢に関係なく見る人は見る。情報過多で瞬時に伝達される価値が重視されるようになった今、性的な刺激、暴力的なものに晒されることから個人を守るのは難しい時代です。そして、個人個人の趣味嗜好という部分が強く絡む二次創作では、コンテンツを能動的に求める人口も多いと思います。
私が十代だった頃は、本に限っては親はうるさく言わない環境でした。学校で、同級生のオタクが「やおい」系同人コピー本をこっそり廻し読みしているのも知っていました。当時は同人誌にそれほど規制もなかったと思います。もう何十年も前のことで、今のようにネットなど存在しない頃のこと。「わかる人」同士でこっそり楽しんでやっているようでした。わたしは同人本に興味なかったのですが、クラスの同人をやっている漫画オタクの中にガロ好きの子もいて、ガロ系の漫画の貸し借りはやっていました。二人きりの時は、アブノ漫画会話をして楽しかったです。わからないクラスの人たち(メインストリーム系)からはキモがられるので、こっそりやっていました。昔はオタクは隠れていましたよ(・∀・)
アダルトコンテンツ規制やゾーニングが厳しい二次創作と比較的自由に読める商業小説があれば、商業の方を読めばいいのに←これは、また違います。
二次創作は、好きなキャラやカップリングの話やシチュエーションを楽しみたいから見るものであって、規制があっても見たい人は好んでみるでしょう。大好きなカプのイチャイチャする場面に萌える。二次創作の醍醐味です。私は斎千の甘い場面を読みたいので書いています。甘い場面を描いた作品の中には、性的表現や描写があるものもあります。保護パスをかけて公開しています。心身共に大人になりきっていない子供は読まないでください。これがサイトの運営方針です。
現時点で、サイト運営上のゾーニングは私の判断でやっています。小説を読むことでの影響は、最初に抜粋でのせた読者さんの体験の話にもあるように、中高生(もしくは成人した大人でさえ)には向かないものを読んでしまう事もあって、記憶や体験は脳みそからは消せません。アメリカの英語科の課題図書で、「露骨な表現のない」性的コンテンツを大半の高校生が受け入れたように、描写には気を付けたほうがいい、くらいには思っています。
自分の個人的好みなのですが、私は明治以降の検閲が厳しかった頃の小説の濡れ場表現や、性的なものに工夫をしてあからさまに表現しない描写が大好きです。自分の書くものは、多大に影響を受けています。私は二次創作を沢山読んでいなくて、薄桜鬼で大好きな作家さんはあまり性描写のあるものを書く方ではなかったりします。なので、自分の書いているものが、どれぐらいキツイものなのか客観的に(二次創作的な意味で)判断出来ているのか、果たして読者さんが求めているものなのかも定かではないです。
こればっかりはね。ほんとうに。明治時代の話を書く時に、夫婦の性愛は避けられない。覚悟を決めて毎回実験のように書いています。わたしの処女創作(二次小説での)は「斗南の冬」です。本当に拙い。でもその後、続きを書くように「夫婦の契り」を書いた時は、初めての実験でした。とことん拙い。恥ずかしいけれど自己記録として残してあります。性描写は毎回、想像の限りを尽くしています。描いていると、どんどん開拓されていくような不思議な感覚があります。何十年も前に読んだ本や映画などからイメージが膨らむ事が多いです。人間の記憶って不思議です。FRAGMENTSでは、現代の若者の斎藤さん。20歳前後の等身大の斎藤さんを描く努力をしています。想像の上での大学生の二人の性描写に関しては、歯止めがきかない。どんどんエスカレートしそうです。
以前、交流のあった二次創作の作家さん(薄桜鬼とは全く違うジャンル)は、性描写と自分の描きたい事がどんどんエスカレートすると云っていました。彼女は悩んだ末、ピクシブでマイピク公開に切り替えて、R18Gを書くから受け入れられる人だけに閲覧をしてもらうというスタイルに切り替えました。彼女の描くものは、BL小説です。原作漫画では、主人公とサブキャラ、恋人関係ではない友人関係。私は、完結終了済みの原作漫画のファンでアニメも好きでした。原作にはない設定の彼女の描くBLカップリングにとても萌えていました。そして、なによりも彼女の性描写が素晴らしかった。非常に耽美で萌えるのです。行為自体はどぎつい背徳性に満ちたものだけど、ドライで可愛いくて、ユニークで笑える部分がありました。工夫を凝らしたシチュエーションが原作にありそうで毎回萌える。R18Gを書き始めた後も、グロテスクで残忍な描写にエスカレートしていく過程に非常に感銘を受けました。絶対に無理なリバでも抵抗なく楽しめたので、彼女の書く文章ならどんな作品でも読めるかもしれないと思いました。少しニッチな世界の話で、彼女との交流は楽しいものでした。残念ながら、素晴らしいこの作家さんは、筆を折られて久しいです。
自分が描く性的なものが、どんどんエスカレートしそうな時、彼女とのやり取りを思い出します。よく彼女は、頭の中にあるものを描きたい欲求が強すぎると悩んでいました。彼女は17歳の時からBLを描き始めたけれど、振り返ると幼少の時からずっと想像していたそうです。ほぼ人生の大半の幻想を吐き出したい。そんな話を聞いて、軽妙でドライな印象を受ける作品とのギャップに興味をそそられました。人間の脳みその中は、本当に自由なものなのでしょう。頭の中ではいくらでも変人でいて大丈夫。大丈夫なのだと彼女とは互いに確かめ合って毎回笑っていました。
さて、こんな私事をつらつらと書いてしまいました。もっと頭のなかがハッキリするのかなと思いましたが。独りブレインストーミング。どうでしょう。成人コンテンツの線引き。露骨な表現はしないようにしていますが、読んだ方が最大限に「エロチック」と感じて頂ければとても嬉しいです。その辺り、もっと精進していきたいです。
ちよろず
追伸、
この件、本当に皆さんのコメントをもっと聞いてみたいです。未成年の方ももしよければ、ゾーニングについて思っていることを書いてもらえると嬉しいです。ご意見、苦情、ご要望など、なんでもありましたらお願いいたします。