地獄八景新選組戯 その二 

地獄八景新選組戯 その二 

まぼろし館

 皆で集合した後、山崎に案内されて向かったのは【活動写真まぼろし館】と書かれた看板のある煉瓦造りの建物だった。周りとは違い、建て屋は西洋風で、中に入ると広間には紅いふかふかの敷物がしかれていた。その向こうに観音開きの大きな扉があった。そこに閻魔庁にいた青鬼が二人立っていた。

「貫天院殿さま御一行、共通人生上映開始」

 そう言うと、扉が開いて近藤達は暗い大きな部屋に押し込まれた。部屋の一番奥には大きな舞台がしつらえてあり、正面に真っ白な壁が見えた。部屋の天井は恐ろしいほど高い。

 暗闇にだんだんと目が慣れてくると、部屋の中には沢山の西洋椅子が並んでいた。近藤達は、小さな蝋燭を灯した痩せた背の高い赤鬼に誘導されて、通路を前に進んだ。足下は緩い階段になっていた。舞台に近い椅子に皆で固まって腰掛けるように言われた。近藤達は言われるままに席についた。

 舞台にぼんやりと灯りが灯った。さっきの閻魔庁の役人が現れた。

「これより、皆さんに【活動写真】をご覧いただきます。【共通人生】はみなさんの現世での出来事。この白い壁に現れるのは、皆さんですが、実体のない影です。決して舞台に上がって、この影に触ったりしないように。話しかけても影は応えません」

「途中、どうしても【活動】を止めたい時は、三回まで許されています。手を挙げてください。活動を止めて、また再開することは可能です。詮議の申し立てでは、自分の映してほしい場面を再び映すことができます」

 近藤たちは、青鬼の説明を聞いてもさっぱり何のことだか理解ができない様子だった。

「申し訳ありません。活動について説明が足りていなかった。これは、皆さんが生きた幕府終焉の頃よりずっと先の現世で発明されるものです。【動く写真】そう思ってください。それでは、上映開始いたします」

 舞台が暗転した。

 白い壁に大きな四角い光が当たった。暫くするとその光が揺れだし、黒い雨のような線が縦に走った。四角い光の中に建物が見えた。門。あれは、壬生の八木邸。懐かしい屯所だった。

 皆が驚いた。平助は椅子から立ち上がって身を乗り出して、舞台を眺めた。

 舞台の上手から美しいお囃子が聞こえて来た。陽気な音色。場面は動いている。屯所の玄関をくぐり、上がり口を上がると広間が見えた。そこに近藤が座っていた。

「大将じゃねえか」

 土方が立ち上がった。舞台に近藤が居るのに、自分の隣にも近藤が座っている。隣の近藤は目を丸くして驚愕の表情。土方は、隣の近藤の肩をぽんぽんっと触ってみた。本物だよな。こっちが本物だとしたら、舞台のは【偽物】か。そんな風に思いながら、舞台と隣の瓜二つの二人を交互に眺めた。

 屯所の広間に、次に土方が現れた。

「あ、土方さん。あれ-、髪が長え」

 平助が指を差している。

「おい、平助。座れよ。さっきからお前の頭が影になって、見えねえよ」

 新八が怒ったような声で言うのが聞こえた。

「これが、さっき青鬼が言ってた影だろ。ここに座ってる俺らが本物で、向こうは影だ」

 そう左之助が言った。皆は、納得した様に背中を椅子にもたせかけて舞台を眺めた。

 舞台には、土方のあと、幹部の面々が次々に映った。皆が自分の姿を見て驚き、映し出される姿の大きさに更に驚いた。

 屯所の広間に井上が【雪村千鶴】を連れて入って来た。千鶴の顔が画面一面に映し出されると、皆がどよめいた。

 雪村君。千鶴。ゆきむら。千鶴ちゃん。我が妻。

 それぞれが、心の中で千鶴に呼びかけた。画面の千鶴はまだ幼く見えた。不安そうに父親を探して京にやってきたと話している。懐かしい。そうだ。最初は、羅刹の秘密を知った部外者。そんな風に千鶴の事を警戒していた。

 画面が変わって、千鶴が屯所に暮らし始めた。一緒に広間で食事をする千鶴に、左之助が話しかけている。台所で、千鶴と斎藤が肩を並べて炊事をしている姿が映った。こんな風に、千鶴は屯所の雑務を手伝い始めた。皆に打ち解け。自分の出来ることを精一杯。決して手を抜かず。一生懸命。

 そんな、ところが可愛かった。

 皆が、同じ思いで画面を見ていた。

 画面が変わって、屯所の井戸端で千鶴が洗濯をしている。傍で手伝っているのは平助。そこに水鉄砲で総司が平助の頬を濡らした。千鶴も狙われて、平助が庇う。千鶴はクスクスと笑いながら、平助と中庭を逃げ回る。洗濯盥がひっくり返って、あたりは水浸し。そこに、土方が現れて大目玉の三人。

 夏の頃だっけ。総司はもう薄れてしまっている記憶を辿りながら画面を見ていた。

 夜の三条大橋。上弦の月に雲がかかる。さっきまで陽気だったお囃子が。尺八の音に変わった。隊服を着て、走る近藤達の影。緊迫した様子に皆が引き込まれた。

「池田屋の夜だ」

 平助が呟いた。

 池田屋旅館の提灯が見えた。近藤達がご用改めで討ち入った瞬間に変わった。池田屋の玄関に入って、抜刀して構えた近藤達。

「待ってましたー」

 新八が、掛け声を上げると、皆が拍手喝采。画面の近藤達は不逞浪士が階段の上から、雪崩こんで来るのを、ばっさばっさと斬りつけている。新八が敵と斬り合う姿が大きく映ると。

「お、俺、いい太刀筋してるぜ」

 新八が身を乗り出して自画自賛している。それを聞いた斎藤も頷いている。池田屋の階段を駆け上がる千鶴。それを階段の上から刀を振り上げて襲った浪士の心の臓を、斎藤が千鶴の背後から一突きで絶命させた。緊迫した画面に皆が息を呑んだ。

 池田屋の二階では、平助と総司が風間と天霧と闘っていた。片手太刀で、楽々と総司の三段突きを躱す風間は、窓から注す月明かりで、金色の髪が反射し、派手な着物で異彩を放っている。吐血しながらも、千鶴を庇い風間に向かう総司。その直後、風間は窓から消えた。

 土方の隣で、ふんぞり反り足を組んで座る風間は、さもつまらないものを観たという態度を取ってはいるが、自分の煌びやかな登場に満足の様子。

 再び画面が戻り、三条大橋のたもとで、土方が大きく手を広げて、会津藩と桑名藩の役人達が池田屋に近づくのを牽制していた。地面からの目線で、堂々と立つ土方は、真剣な表情で相手を睨み付けている。

 真っ黒の画面に白い文字が映った。

「此れより先は、局長以下新選組一同、池田屋にて御用改めの最中である。一切手出し無用」

 続いて、今の台詞を叫ぶ土方の顔が大きく映った。

「よっ、音羽屋」

 新八が、掛け声をかけた。

「ほんとうに、男前だねえ、トシさんは。男のわたしが見ても、ほれぼれするよ」

 井上が、腕組みをしながらしきりに感心している。

 場面が変わり、千鶴が、平助と総司の手当を手際よくする姿が映った。自分の襦袢の袖をちぎって裂き、包帯にしている。戸板に横たわる総司に付き添って、心配そうに歩く千鶴の姿が映った。

 次にまた、屯所の場面になった。明るいお囃子に戻って、近藤が西瓜を持って中庭に立っている。皆で、縁側に座って水菓子を食べている様子が映った。しだいに西瓜の種の飛ばし合いになった。平助が自分が一番遠くまで飛ばしたと両手を上げて喜んでいたが、最後に飛ばした近藤の種は、中庭の塀を軽く飛び越えて行った。皆が驚く中、豪快に笑う近藤。千鶴もケラケラと一緒になって笑っている。

「千鶴の笑顔は、最高だよな」

 左之助が呟いた。皆が微笑みながら頷いた。壬生村の屯所に居た夏はいろんな事が起こった。池田屋騒動、蛤御門の変、新選組は名を上げてどんどん大きくなった。そんな中、千鶴は屯所内の雑務を引き受け、いつもこんな風に笑っていた。

 秋風が吹く頃、総司が酷い咳で寝込んだ。千鶴が布団の傍で看病をしている。場面が変わり、団子を買って来た平助たちに千鶴がお茶を運んでいる。道場の床に正座して、隣に座る斎藤の説明を真剣な表情で聞いている。三番組の見取り稽古をしている千鶴の姿も映った。

 場面が暗転した。中庭で、ぼんやりと空を眺めて独り立つ千鶴の姿が映った。頬に涙が流れている。

 それまで画面を見ながら騒いでいた皆が、とたんに静かになった。千鶴が泣いてる。誰だ、泣かしたのは。庭の様子から、壬生の屯所の冬だ。千鶴は、袖で涙を拭うと、箒で庭掃除を始めた。黙々と、ただ。そして、振り返ると急に走り出した。玄関を抜けて、巡察から帰ってきた総司と斎藤の姿を見つけると、笑顔で迎えた。

 黒い画面に台詞が映る

「巡察、お疲れ様です。今、お茶を入れますね」

 台所に向かって走る千鶴の姿が映った。

【活動】の中の斎藤と総司は、目を見合わせた。無言のまま手に持っていた血だらけの羽織をそのまま井戸端へ持って行った。

 皆がしーんと静まったままだった。いつも明るく笑う千鶴。誰も居ないところで、泣いていたのか。

「活動を止めてくれ」

 左之助が手を上げた。

 青鬼は、頷くと画面が止まった。近藤たちの座る席は、ぼんやりと明るく、互いの顔は見える。左之助が、これは、冬の頃だよな? そう言って皆に尋ねた。

「そうだよ。僕が、久しぶりに巡察に復帰した日」

 総司が答えると。斎藤が説明を始めた。

「元治二年の二月だ。四条河原町で、土佐浪士が暴れていたので成敗した。首謀者はかなりの手練れ。俺と総司、一番組隊士が総掛かりで斬り合った。四名絶命した。市中の者にも新選組に怪我人は居なかったが、返り血が酷く、早めに屯所に戻ったのを覚えている」

「あの日、雪村に変わった様子はなかったが。時折、あの様に中庭に独りで居ることはよくあった」

「あの子は聡いから、僕らの前では、絶対に涙を見せない」

 そう言って総司は土方を見詰めた。土方はしかめ面をしていたが、手を挙げて青鬼を呼ぶと、また活動を再開させた。

 場面が変わって西本願寺への引っ越しの日。朝から、たすき掛けをして千鶴が荷物を運んでいる。左之助がそれを助け、荷車いっぱいの荷物を押して八木邸を出発した。西本願寺の広い境内を何度も行き来して荷物を運び入れた。千鶴は、山崎が西国視察で持ち帰った木箱から、大量の半田素麺を取り出した。新しい炊事場で井上とあたふたとしながら、大鍋で素麺を茹でると、温かい御出汁に、九条葱とひね生姜をたっぷりと用意して、大広間に運んだ。

「引っ越し素麺か。そういやあ、皆で食ったな」

 新八たちが喜んで食べている。幹部の中には、伊東甲子太郎の姿も見えた。そうだ、伊東さんが居るってことは。山南さんがもう変若水を飲んじまった後だよな。そう、新八が呟いた。

「千鶴は、綱道さんと変若水の事で、長く沈みこんでいた」

 左之助がそう言って、溜息をついた。

「あれはさ、土方さんが、秘密を知った千鶴に『お前がどうなろうとどうでもいい』って言ったからだろ。俺、あのとき千鶴が不憫でさ」

 皆が、土方を見詰めた。土方は、眉間に皺を寄せたまま腕組みをして黙っている。

(確かにそうだ)

 土方は心の中で呟いた。何を言っても今更いい訳にしかならない。あの頃の俺は、必死だった。隊を大きく、新選組をもっと強くして京を守る。そのために新選組で羅刹も抱えねえと。そんな事ばかり考えていた。

(千鶴をどれだけ幸せにしたか)

 そんな詮議をかけられたら。俺はぐうの音も出ねえ。だが、俺は最初から千鶴を自分の傍に置きたかった。屯所の外に小娘を独りで放すのが嫌だった。自分たちで守りたい。そう思っていた。

 土方が平助から非難される中、陽気なお囃子が流れながら【活動】の場面は移り変わって行った。西本願寺の境内での調練、幹部達は巡察に出たりめまぐるしく日常が映し出されて行く。

 そして、急に音が止み、画面が暗転した。暗い、響くような音色が聞こえた。夜の場面。大きな石垣と白い壁がそそり立つ御門。

「二条城だ。将軍様御上洛の夜だ」

 近藤が静かに言うと、皆が席について画面に見入った。

 千鶴が門から土方への伝令に走っている。その途中で、暗がりから現れた人影に気づき警戒した。

 月明かりに照らされた風間千景。傍らに天霧と不知火の姿があった。千鶴は、一歩下がり小太刀に手をかけて構えている。

「おい、ここで止めろ」

 風間が手を挙げて、青鬼に場面を止めさせた。風間は立ち上がると、舞台の前に立ち皆に向かって言い放った。

「見ろ、雑魚ども。これが、俺様と我が妻との記念すべき邂逅。この瞬間、俺は雪村千鶴が我が妻となるべき存在だと確信したのだ」

「はあー?」

 平助が立ち上がりながら大声を上げた。

「見ろ、千鶴の瞳は、俺様を見て震えている。これこそ運命の出逢い。雷に撃たれたように、雪村千鶴は感動に打ち震えていた。おい、青鬼。この場面を写真にして後で寄こせ。金一両で買い取る」

 青鬼は、頷くと、筆を取り出してなにやら、巻物に書き込みをしている。二条城の写真、一枚受注。

「何、勝手な事を言ってんだよ。これのどこがそう見えるんだ。いきなり、お前等が現れて、千鶴は怯えてんだろ」

 平助が捲し立てた。

「どこまでも、おめでたい奴だな。千鶴はお前等が将軍様を襲いに来た不審者と思ったんだよ」

 左之助が立ち上がって腕を組んだ。

「いきなり、千鶴を連れ去るとか。不躾もいいところだぜ。女を襲おうなんてな、鬼だろうが、人間だろうが、男の風上にも置けねえ」

「フッ、負け惜しみも大概にするのだな。さっきから見て居れば、貴様等、新選組は嫌がる千鶴を屯所に囲い置いた。あのように、陰で自分の運命を悲しみ涙を流し。健気にもお前等犬どもの前では無理に笑い……いじらしい」

「二条城の夜に西国に連れ去るべきだった」

「雪村千鶴は、高貴な血を引く女鬼。本来なら、多くの者にかしずかれ、幸せに生きる者。貴様等にまるで下僕のような扱いを受けているのが解らぬか。外道どもが」

 皆が、一瞬黙った。何も言い返せない。それまで勢いづいていた左之助も平助も、「千鶴の幸せ」を突きつけられると、風間を非難できなくなってしまった。

「鬼の頭領さんよ。あんたが、千鶴の事を思って。あいつの事を幸せにしてやろうというつもりだったのなら、俺等はあんたを誤解していた」

 土方は、よく響く声で静かに話した。

「だがな、もう一年以上も一緒に暮らしていたあいつを、俺等は手放せなかった」

「外道とでも何とでも言えばいい。俺等の元で留め置かれるのは、あいつに取っては不本意で迷惑極まりなかっただろう。でもな、あいつは、千鶴は俺等にとって、かけがえのない、大切な」

「大切な女だったんだよ」

 左之助が大きな声で言った。

 そうだ、そうだ。平助や新八も一緒になって言った。斎藤もその隣で、こっくりと頷いている。

 風間は、黙って土方の目を見た。やはり、土方。風間は瞳を伏せると土方の隣の席に戻った。平助が、もう、場面を止められるのは残り一回きりだぜ。そう言って、みんなに念を押してから椅子に座った。

 活動が再開された。場面は屯所の中庭。夜の闇の中。独り佇む土方に、千鶴が羅刹研究をしてはだめかと尋ねている。羅刹を防ぐ方法をなんとか。千鶴の思い詰めた顔が画面一杯に広がった。

 羅刹研究

 千鶴が新選組に関わることになった原因。千鶴は、雪村綱道が羅刹を生み出していたことに必要以上に責任を感じていた。

 概ね、これが【まぼろし館】に集まった新選組幹部の思っていた事。でも違う。責任なんて、ひとつも感じる必要はない。改めて、全員がそう思った。一体、千鶴はどれだけのものを背負い込んでいたのだろう。女の身空で。場面に千鶴の顔が映るたびに、皆、胸の辺りが疼くように感じた。

 それは、千鶴を不憫に思うような生易しいものではなかった。今からでも舞台に上がって、影でもいい、千鶴を抱きしめてやりたい。

 皆が黙ってじっと活動を見ていた。どんどんと場面が移り変わる。総司が労咳だと判明。長州征討の戦に備えて、屯所内でも大砲を撃ち、調練が行われている。近藤、伊東、山崎が西国視察に向かうのを、明け放れた自室の布団の上で総司が見送っていた。

 島原での宴会。皆の馬鹿騒ぎに、千鶴も楽しげに笑っている姿が映った。千鶴は小姓役も板につき、土方にちゃんと休むようにと小言まで言うようになっていた。

 くるくると動きまわり、笑い。時にはふくれ面を見せ。「はい」と素直に返事をする千鶴。

 可愛い。
可愛すぎる。

 もう、この頃には、皆が千鶴の姿を目で追うだけで満足だった。詮議の事はどうでも良かった。夏に浴衣姿になった千鶴は美しかった。身体つきや時折見せる表情に土方でさえ、どきっとした。

 桜が満開の屯所の裏庭で、新選組を離隊し御陵衛士に加わる斎藤と平助を見送った千鶴は、両手で顔を覆ったまま肩を振るわせて泣いていた。

(なんか、辛え。ものすごく)

 平助は、千鶴と離れた日々を思い出した。もう守ってやれなかったもんな。武士は後悔しちゃだめだけど、これは一生の不覚だ。

 斎藤も千鶴が泣く姿に衝撃を受けていた。己が去った事を雪村はこのように悲しんでいたのか。いつも心は新選組と供に有った故、雪村と離れたようには感じていなかった。泣かしてはならぬな。雪村を、二度と。

 斎藤は深く反省した。

 退屈そうにずっとふんぞり返っている風間は、自分の出番を待ちわびた。新選組屯所を襲った夜。千鶴は、土方に守られ、その腕の中で、風間の元には行かない。そうはっきり答えた。

 わたしは、皆さんを信じているから。

 千鶴が新選組幹部に寄せる強い信頼は、一体どこから生まれたのだろう。

 移り変わる屯所での日常の場面を眺めながら、土方も、風間も、近藤も、皆が同じ事を考えた。

 活動写真は、走馬燈のようにその後の新選組、千鶴、屯所の日常を映していった。土方や近藤の厳しい表情。合間に映る風間や薩長の様子。千鶴の笑顔はもう見えない。だんだんと暗く重い空気が画面一杯に立ち籠めている。幕府や新選組に風当たりが強くなっていく状況の中、大政奉還、油小路の変、天満屋騒動が起きた。この直後に屯所を伏見奉行所に移す事が決まった。

 千鶴が再び荷車に荷物を載せて、不動堂村の屯所を出て伏見街道をずっと斎藤たちと一緒に下っていく姿が映った。幹部の後ろ姿とその横について歩く小さな千鶴の後ろ姿がだんだんと小さく、薄れて消えていった。

****

詮議申し立て

 舞台が明るくなり、青鬼が出てきた。これより申し立てに移りますが、その前に皆さんに、個別人生の予告編を見ていただきます。これは、皆さんが「土方歳三人生」を全うされたための配慮です。

「土方歳三」ご本人は、すでに、【最良人生グッドエンド】を迎えておられます。詮議の公平性の為、皆さんにも各自の【最良人生】の一部を観ていただきます。申し立ては、予告編あとに開始いたします。それでは、各自【個別人生】をご覧ください。

 舞台が暗転した。

 再び、四角い明るい画面から始まり、画面に【藤堂平助人生・予告編】という文字が見えた。

「よ、魁先生!!」

 新八が冷やかす。平助は、身を乗り出して舞台を眺めた。

 油小路の夜に瀕死の重傷を負った平助は、変若水を飲んだ。千鶴は、ずっと平助の傍を離れない。身体の異変を隠す平助を心配し、苦しむ平助に千鶴は自分の血を飲んで貰う。

 平助が千鶴の手首を舐め取る場面を観て、平助本人含め全員が絶句した。風間は怒りに震えている。平助は、自分を救おうとする千鶴への感謝と同時に不憫な気持ちが強く、立っていられなくなった。いくらなんでも、駄目だろ。

 画面の千鶴は、ずっと平助に寄り添い、笑顔を見せている。

 ずっと、オレの傍に居るんだな。千鶴。

 平助は身の内が温かくなった。こんなに嬉しいことはない。絶対に、守ってやる。オレは極楽に行って、必ず幸せにする。ぎゅっと拳を握りしめて、平助は決心した。場面は、千鶴と自分が笑顔で見つめ合っている姿がだんだんと白んで消えていき、【藤堂平助個別人生】は終わった。

 一旦暗転してから、次に【沖田総司個別人生・予告編】が始まった。千鶴は、総司にからかわれ、あたふたとしたり、笑い出したり、時には急に抱き上げられたまま頬を紅くしていたりする。屯所の総司の部屋の中で、寝間着姿の総司を甲斐甲斐しく世話をする姿が印象的だった。

 洋装の総司の姿が映った時は、皆が驚いた。総司。一緒に闘ったのか。

 場面が変わって、総司も羅刹の姿になっていた。近藤が驚愕の表情で画面を見ていた。千鶴を庇い、守り。血だらけで戦いぬく総司の姿は、皆の胸に迫った。千鶴の寄り添い方は、もう片時も離れず。決死の表情。

 総司が優しく千鶴を胸に抱いている姿を最後に場面は消えていった。

 斎藤は、隣の総司を見た。総司の横顔は、静かで、ただ真っ直ぐに舞台の画面を見続けていた。総司の極楽。総司は、雪村と決して離れぬのだろう。

 舞台は再び暗転して、【斎藤一人生】が始まっていた。

 暗い場面で、急に斎藤の放つ剣の閃きが画面を横切った。斎藤の目の前には風間千景の姿。八幡の山中での死闘。斎藤は、瀕死の状態で変若水を飲んだ。泣き叫ぶ千鶴の姿が悲痛で、皆がどよめいた。その後は、千鶴はずっと斎藤に寄り添っている。

 場面が変わって羅刹姿の斎藤が千鶴を背後から抱きしめている。

 皆がざわついた。総司が横目で斎藤を見ると、斎藤は酷く狼狽していた。

 俺は雪村の血を。それも耳朶から。なんて事を…俺は……。

「なんだよ、はじめくん。俺だって、手首なのに。いやらしいなー」

 平助がふてくされた声で斎藤をにらむ。斎藤は、俯いてしまい何も言えない。その後、千鶴は斎藤にずっと寄り添い続けた。会津の山中か。夜の静寂の中で二人で向かい合う姿が見えた、真剣な表情、斎藤が千鶴を引き寄せ、顔を近づけた。

 えーーー、口づけんのー。

 平助が我慢出来ずに叫んだ。画面はそのまま消えていった。左之助が、平助を窘めた。

「おい、平助。人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえってな」

 斎藤は、真っ赤になりながら固まっていた。雪村と俺が……。まるで恋仲のようだった。

 これが総司の言っていた【極楽】か。

 俺の【最良人生】

 雪村と一緒になれたら。ずっと俺も雪村を……。斎藤は、己が千鶴を抱く姿を反芻していた。もう何の音も声も聞こえない。

 身が熱い。

「ちょっと、はじめくん、それ血じゃね?」

 平助の声が聞こえた。斎藤は自分の経帷子の胸に血がこぼれているのが見えた。

「ちょっと、青鬼さん。怪我人怪我人。はじめくん、鼻血だしちゃったよーー」

 総司が、斎藤の背中を支えて顔を上に向かせた。直ぐに赤鬼が首の頭陀袋から真綿を取り出して、丸めて斎藤の鼻腔に詰めた。濡れ手拭いを受け取った総司は斎藤の鼻頭を冷やした。

「左之さんのが始まってるよ」

 総司は、笑いかけながら斎藤の顔を覗き込む。斎藤は、体勢を起こして画面を眺めた。

 江戸の屯所での風景。千鶴が夜になって、小さな風呂敷包みを抱えて建屋から出たところを左之助が見つけた。二人は口論のようになっている。千鶴は泣き出した。

「なんだ、なんだ。左之。なんで、千鶴ちゃん泣かしてんだ」

 新八が隣の左之助を問い詰めた。その瞬間、画面の左之助が千鶴の唇を奪った。

 えーーー、左之さんもかよーーー。

 また平助が叫んだ。前の席を腹立ち紛れに思い切り蹴っている。土方と風間がもの凄い顔で背後から左之助を睨み付けていた。

 画面の左之助と千鶴は、まるで夫婦のような雰囲気。新八と一緒に行動を供にしているが、二人きりになると左之助が千鶴を抱き寄せる。

 もう、俺、耐えられねーよ。千鶴が毒牙にかかっちまったよ。

 平助が、頭をかきむしっている。左之助は、苦笑いしながら椅子の背もたれに右手をあげて首の後ろを撫でた。画面が変わって、千鶴と向き合って真剣に話し合っている。そして、次の画面では畳の上に横たわった千鶴に上から覆い被さる左之助の姿が見えた。

 皆が、沈黙。

 まずい。おい、気まずいぜ。左之助は思った。土方さんの目が怖え。風間も相当お冠だな。画面の自分がゆっくりと千鶴の髪紐をといた。

 あーあ。

 そう思いながらも。千鶴の美しさに心を奪われた。綺麗だ。こんな可愛くて気立てがいい別嬪の嫁が居たら、俺は言うことはねえ。

 一生大事にする。守ってやる、千鶴。

 左之助が千鶴に迫っている場面が溶けていくように白くなって消えていった。

「なんでえ、蛇の生殺しだな。左之よお」

 新八が笑って言った。

 舞台が再び明るくなった。青鬼が出てきて、「これにて個別人生の予告は終わりです。次に申し立てに移ります」と巻物を取り出した。

 土方が手を挙げた。

「終わりって、まだ近藤さんや源さんの個別人生を見てねえじゃねえか」

 青鬼は、もう一人の青鬼に確認してから質問に答えた。

「個別人生は、さっき上映したものしかございません。近藤勇、井上源三郎、永倉新八、山崎烝、この御四方は、個別人生ではなく、【極楽浄土】へ進んでもらいます。そちらは、【最良人生の終焉】と同じ扱いでございます」

 青鬼の挙げた名前の中に風間は含まれていなかった。それに気づいた斎藤は、振り返り風間を見た。風間は、薄笑いを浮かべ、余裕の表情で舞台を見ている。訝る斎藤に、総司が耳打ちをしてきた。

「共通人生だと、風間千景が申し立てできる事は一つも無い。でも見てて、彼はこの詮議の範疇外だから」

 斎藤は驚いた。どういう意味だ。千鶴に関わる詮議では、明らかに風間は非難されて然るべき。それでも、何故、風間は笑っていられるのだろう。

 巻物を開いた青鬼が、筆で皆の申し立てを書き込み始めた。皆、一同に千鶴を守り続けたと訴えた。

 平助は、自分がどれだけ千鶴を毎日笑わせ、笑顔にしたかを説明した。屯所で、千鶴が平助の話に笑い転げ、お腹を抱えている場面を活動で映させた。

 左之助は千鶴を守ったこと。自分なりに精一杯千鶴の不安は取り除くことに努めたと申し立てた。新八は、俺も同じだ。千鶴ちゃんを毎日笑わせた。綱道さん探しも一生懸命やったと申し立てた。

 次に総司が自分は千鶴と「特別な繋がり」を感じたと告白した。皆が、しーんと静かになった。

「あの子は、僕を拒まない。僕がどんな酷い事を言っても。決して寄り添う事をやめない」

 千鶴と過ごした四年間、僕は殆どの間、病で床についていた。あの子は剣を振るう為によくなれと励ましてくれた。命の使いどころ。それを逃すなと。あの子は、僕が生きるために屯所に現れた。僕はそう思っている。僕があの子をどれだけ幸せにしたか。僕は解らない。だけど強い絆を感じた。その為に僕は僕の人生に進む。必ず幸せにしてみせる。

 近藤が総司の訴えを聞きながら、うん、うんと頷いていた。幼い時から、自分の感情を見せない総司がこれほどまでに。そうか。雪村君と総司が一緒になる。実に素晴らしい。総司、俺は、草場の影からずっと二人を見守ろう。

 総司の申し立てに、斎藤はこめかみを思い切り殴られたような衝撃を受けていた。【強い絆】俺は、雪村とそのような繋がりを持てたのだろうか。うなだれる斎藤に、青鬼が申し立てがないかと尋ねた。

「俺は、ずっと雪村を見ていた。それだけです。笑ったり、悲しそうにしていたり、忙しく一生懸命な様子を……。皆のように、笑わせたり、気の利いた事を言ってやる事は出来なかった。でも、雪村が笑うと自分は嬉しくなり、さみしそうにしていると、俺も、さみしい気分になった」

「俺が雪村を幸せにできるか。わかりません。自分は明日をも知れぬ身。そんな資格はないと思って考えないようにしていた。でも、絶対に守る。そう決めています。副長の命でも、新選組の命でもなく。己が命をかけて守る。それは今までも、これからも変わらぬ俺の想いです」

 青鬼は、口上書に斎藤の申し立てを記述している。その後、申し立ては、山崎烝、井上源三郎、、近藤勇へと続いた。山崎が、千鶴に恋心を抱いていたと告白したとき。皆が驚いていた。だが、監察方の任務で屯所を空けることの多かった山崎が、隊士の健康管理で千鶴に頼り切っていたのは皆の知る事だった。近藤や井上は、千鶴を娘のように思っていたと申し立てた。

 土方の順番になった。自分は京に居た頃は、千鶴に厳しい仕打ちしかしていない。その後も。蝦夷で再会して、ずっと寄り添ってくれた千鶴をただ抱きしめるしかできなかった。泣かしてしまう事がわかっていても、どうしようもない。申し立てをする気はない。ただ、本当に千鶴を幸せにする道があるなら、どんな事をしてでもその道に進む。

 青鬼は、頷く様子もなく只、口上書に淡々と記録していく。

 最後に風間の申し立てに移った。風間は、自分は千鶴と同胞。人間の禍事から千鶴を救いたい。だが、千鶴は新選組に信を置き。離れたがらぬ。だが自分は待てる。そう言って、ちらっと、土方の方を見ると、余裕の表情を見せた。

 土方は、風間を見詰めかえした。眉間に寄せた皺は、風間を不審に思い警戒する様子。すると、風間は青鬼に西本願寺の屯所の華池の場面を映すように命じた。

 再び舞台に映像が映し出された。華池で掃き掃除をする千鶴に、風間は話しかけている。この時、風間は千鶴に雪村綱道が薩摩側についたと報せに来た。千鶴が風間に向き合う場面で止めるように命令した風間は、再びこの場面の写真を所望した。

「なんだよ、申し立ての最中に、何勝手な事してんだよ」

 平助が怒り出した。

「画面を止められる機会が、あと一回残っていた。俺様と我が嫁の見つめ合う姿だ」

「ずるいぞ、自分だけ。おれだって千鶴の写真欲しいの我慢してるっつうの」

 声を荒げる平助に、左之助が助け船をだした。

「なあ、平助。鬼の頭領さんは、【個別人生】もなさそうだし、千鶴の写真のひとつでも持たせてやるのが情けじゃねえか」

 嫌みたっぷりな言い草に、風間は腹を立てる様子もなく、不穏に微笑んでいる。怒りの矛先が収まらない平助を尻目に、風間は青鬼に「俺様の隠れ人生」をと呼びかけた。

 青鬼は頷くと、舞台の照明を暗転させた。

 再び明るい四角い画面に【風間千景・隠れ人生】という文字が浮かび上がった。皆は、驚き一斉に風間を見た。風間はさも愉快そうに、くっくっくと笑っている。

 画面には、風間と千鶴しか映らない。山道にいる二人、囲炉裏端で語らう二人、洋装で馬に跨がり走る二人。千鶴が女の格好で髪をおろし、風間に給仕している姿が映った。まるで供に暮らす夫婦のように。大きな船の甲板に佇む二人。そして最後は、蝦夷の戦場で、風間が千鶴に口づける場面が映ったあとにゆっくりと消えていった。

 皆は驚きすぎて何も言葉が出てこない。千鶴がどうして、風間と。まるで夫婦のように。いつの間に。

 風間は、落ち着いた声で、青鬼に今映った全ての場面の写真を金二十両で買い取ると伝えた。そして、再び明るくなった舞台を背に風間は立つと、新選組の面子に向けて高らかに宣言した。

「どうだ。貴様等の終焉と共に始まる俺様人生は」

「正しくは、俺様と雪村千鶴人生だ。新選組が終わり、お前等はみな死に絶えた。独り残された千鶴は俺様と供に生きる」

 皆が呆然として、何も言い返せない。土方が厳しい表情のまま尋ねた。

「隠れ人生って事は、これがお前の切り札ってことか、風間」

 風間は、笑いながら頷く。

 青鬼は、念の為にと説明を始めた。【風間人生】には制約があります。必ず皆さんの人生の終焉を迎えた後でないと風間千景人生へは繋がらない。なので、【風間千景】はこうして詮議の範疇外にありながら、共通人生で一緒に詮議されています。【風間千景】は皆さんの終焉を【見届けること】で、彼の個別人生が開く仕組みなのです。

 皆が、納得が行かないと怒りだした。風間は、非難囂々の中ゆっくりと土方の隣の席に戻って深く腰掛けた。

 総司が、皆を振り返り話しかけた。

「僕らの人生の裏がわに隠れた人生、それが鬼の頭領さんの一生だよ」

「僕らがいないと始まらない。最後に千鶴ちゃんを手に入れたと思ってるみたいだけど。ずっとあの子は僕たちを想っている。深い心の中で」

「僕らの背中をね。あの子はずっと眺め続ける」

 総司の翡翠色の目は輝き、皆を見詰め、静かに真摯に語りかけた。千鶴ちゃんが僕たちをずっと忘れずに想ってくれる。それは、どの人生でも変わらない。あの子が僕たちを信頼してくれたのと同じぐらい、僕たちも千鶴ちゃんを想い、千鶴ちゃんの幸せを願っている。そして、僕らの千鶴ちゃんは。ずっと忘れずにいる。新選組のこと。僕たちと供に生きて闘った日々の事。

 皆が、総司の言葉を聞いた。千鶴がずっと自分たちを忘れずにいてくれる。

 自分たちが生きた想い。自分たちが生きた証。それは決して消えてなくならない。

 風間は、衝撃を受けたようだった。苦虫を噛みつぶしたような表情で総司を睨み返すが、何も言い返せない。天霧め。雪村千鶴を最後に手に入れるのは俺だからと、【風間千景人生】を調べたのではなかったのか。

(新選組を忘れずに思い続ける我が妻か)

 だが、誰がそれを責められよう。鬼は一度受けた恩は忘れない。雪村千鶴は情に厚い女だ。そういう性分を気に入り、どんな手段を使ってでも千鶴を手に入れたいと思った。

 心の内で、葛藤する風間の隣で。土方は、総司の言ったことをじっと考えていた。千鶴を置いて自分が先に逝った時。どうか、早く自分の事は忘れて欲しい。そんな風に願った。泣き止まぬ千鶴は不憫だった。でも、どうだ。ずっと自分を忘れずにいる千鶴は、幸せなのか。

 風間がもし、千鶴を迎えて。ずっと寄り添って幸せにするのであれば。

 横目で風間の横顔を眺めて、土方は考えた。

 こいつは、横柄な奴だが。一本筋の通ったところがある。身なりや話ぶりから随分と裕福そうだ。鬼のしきたりは、いろいろと煩わしそうだが、千鶴はどこに出しても恥ずかしくねえ立派な育ちの女だ。鬼の国で守られて大事にされるなら……。

 俺がいなくなった後、あいつの事だ、女ひとりの身空で生きて行くだろう。苦労を苦労とも思わねえで。辛くても、じっと堪えて。

 でもこいつが、千鶴を迎えに来るなら。あいつが幸せになるなら……。

 こいつはさっきから話を聞いてると、血筋や家柄だけで千鶴を嫁にと言ってるものではないらしい。ここにいる俺等同様、こいつは千鶴に骨抜きにされている。惚れた女をじっと待つのも大変な事だ。

 土方がそんなことを考えて込んでいる間。近藤が立ち上がり、青鬼に皆が欲しいと思う場面の写真を頼んでいた。

「ここに金五十両ある。これで全員が欲しいものを頼む」

 そう言って笑顔で、首に提げていた頭陀袋をとって青鬼に差し出した。平助や新八が歓喜の声をあげた。そして、それぞれが千鶴の場面を選んで写真にしてもらった。左之助は、千鶴を連れて祇園の宵山に出かけた夜の写真。平助は屯所の自分の部屋に千鶴がおにぎりを持ってきた時の写真。新八は、千鶴の部屋の火鉢で二人で餅を焼いて笑ってる場面。井上は屯所の台所で、千鶴と一緒にお茶を飲んで語らう場面。総司は千鶴を抱き上げて廊下を走っている写真。

 青鬼はもうひとりの青鬼に指示を送ると、画面が分割されて沢山の場面が一映しになった。皆が驚嘆の声を上げた。舞台の前に立って、あれも欲しい、これもいいと大騒ぎをしている。

 斎藤は、千鶴が部屋で繕い物をする横顔の写真と浴衣姿の写真をどちらにするか迷った。それを見た総司が、近藤に、「はじめくんは、二枚所望していますよ」と報せ、近藤が「欲しいだけ、貰えばいいぞ」と笑って、二枚の写真を手に入れることができた。

 斎藤は満足だった。雪村の横顔は可愛く、綺麗だった。小さな耳朶が貝殻のようで愛らしい。生前は、こっそりと気づかれぬように時々眺めていたが。これで思う存分眺めることが出来る。

 皆で、屯所の縁側で一緒に団子を食べている写真があった。千鶴を中心に皆がそれぞれ笑顔でとてもいい写真だった。この写真を全員に記念に一枚ずつと近藤が青鬼に注文した。

 こうして、まぼろし館での申し立ては皆の写真発注の嵐で終わった。

 つづく

→次話 地獄八景新選組戯 その三

(2018.05.16)

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