縁あれば千里

縁あれば千里

明暁に向かいて その24

明治九年五月

 警視庁で開かれた剣術大会も無事に終わった。

 今年は最優秀の座を第五署の寺本義久警部補に取られた。第五署は第一大区十二小区。両国広小路にある署で、署長は大警視川路が兼務している。噂では、両国広小路では警部以下三等巡査に至るまで腕の立つものが揃えられているということだった。

 斎藤の所属する虎ノ門署第一大区小二区からは昨年の大会と同じ、斎藤と部下の三等巡査津島淳之介が鍛冶橋での決勝戦に出場した。年代別の勝ち抜き戦で、昨年通り優勝した。斎藤たちの上司である田丸警部は大層喜び、鍛冶橋での祝勝会の後に銀座で斎藤たちを囲んで宴会を開いた。

「なんだって、今年もようやった」

「剣の腕の立つものが、虎ノ門には揃っている。きんびゃいい」

 会津言葉で機嫌よく話す田丸は酒のまわった笑顔で、「これだんに」「きんびゃいい」を連発している。なんとなく田丸の言っている意味が解った天野は、一緒になって「きんびゃいい」と叫んで、どんどんと酒を飲んでいった。祝勝会の後、田丸警部を馬車に乗せた斎藤は、泥酔した部下二人を連れて乗り合い馬車で家に帰った。

 翌日、斎藤は青山練兵所での訓練を終えた後に虎ノ門署に向かった。案の定、部下の天野は二日酔いでぐったりとしている。午前中に巡察を終えた部下二人は、区画編纂の書類整理をする作業で書庫と事務室を忙しく往復していた。斎藤は事前に申し出ていた通り、三時に退署して、神夷に跨って神田旅籠町に向かった。

 馬を降りて、【飯田刀店】と書かれた看板をくぐった斎藤は、店の番頭に奥の部屋へ通された。この刀屋の主人は元士族で瓦解前は信濃国高遠藩に仕えていた。【飯田屋】は斎藤が一年前に上京した時にたまたま通りすがりに見つけた店で、業物をよい状態で置いてあり、主人の研ぎの腕がよかった。主人の名は【飯田国太郎】という。斎藤は今日、総司の「大和守安定」を研ぎに出していたものを引き取りに立ち寄った。

 国太郎は恭しく、仕上がった打刀を斎藤に見せた。巾木も付け替えてあり、ほぼ新品のような仕上がり。黒光りする地肌を見て、斎藤はほほ笑んだ。さぞ総司は喜ぶだろう。斎藤は、主人に礼を言って、お代を払った。国太郎は、刀袋に丁寧に打刀をしまいながら、最近は、研ぎの用向きより、刀を吟味してくれという客が多いと話す。

「この前も、いきなり店先に打刀を二振り肩に載せた方が見えまして」

 主人は、斎藤に刀を差しだしながら話を続けた。

「鑑定代は高くとるのかと。いきなり打刀を突きつけられまして」

 斎藤は、苦笑いしながら話す国太郎をじっと黙ってみていた。

「鞘に紙が貼ってあるんでございます。【売り物】って」

 主人は笑っている。斎藤も最近、道を行く士族風の男が【売り物】と書いた紙を貼った刀を肩に担いで歩く姿をよく見かけていた。帯刀を許されない士族は、刀を持ち歩くためには、ただの【刀】ではなく【売り物】としなければならない。

 武士の魂である刀を【売り物】とする。

 これは武士の死を意味していた。国太郎の話す、鑑定を頼んで来た者もおそらく、士分を辞める覚悟の上のことであろう。鑑定をして良い値打ちのある刀であれば売りに出すのか。斎藤がぼんやりとそんな事を考えていると、国太郎は「藤田様、最近は研ぎに出した後にそのまま刀を質入れする人も多いのでございます」と話した。

 川向うの向柳町に私どもの知り合いが質屋をやっておりまして。こう申しておりました。うちは、刀屋ができるぐらい、刀が質種になっているって。

 斎藤は驚いた。研ぎに出したての刀を質入れする。そのような事が本当にあるのだろうか。

 良業物、業物もたんと出回っているんでございます。私どもで、今度向柳町に出向いて刀を仕入れに行く予定で。

 国太郎の言葉に、斎藤は気が逸った。目利きである国太郎が見つけてくる刀はどんなものであろう。

(早く見たい。いや、俺も行きたい)

 斎藤の眼光が光ったのを主人は見逃さなかった。国太郎は、向柳町に行く日取りを斎藤に教えて、「もしよろしければ、藤田様もご一緒に」と頭を下げた。斎藤は、二つ返事で行くと答えた。笑顔になった主人に見送られて、斎藤は店を後にした。

 その日、持ち帰った打刀を箪笥の上に置くと、外から戻った総司は目ざとく見つけて箪笥の上に登り、満足そうに傍に箱座りになって夕べを過ごした。夕餉を食べながら、「廃刀令が出てから、以前より刀を持って出歩く者が増えた気がする」と話すと、千鶴は大きく頷いた。

「私が見たお侍様は、肩にそれは長い刀を抱えて歩いていました」

 大きな瞳をくるくるとさせて話す千鶴の前で、斎藤は黙々と箸を進めている。

「鞘の先から、こんな風に札が下がっていて」

 千鶴が手を挙げて宙に札の様子を描く。

「此刀、十両につき、って表に書いてあるんです」

 斎藤は、値札をつけて歩いている者まで居ると聞いて驚いた。刀商がやるならまだしも。武士が己の刀を売り歩くなど。世は変わったものだ。

 貧窮した者が己の刀を質入れして凌ぐという話はよく聞く。余程困ってのことであろうと思う。瓦解前は真剣の代わりに木刀を鞘にしまったものを腰に差して城勤めをした図書方が尾張藩にいたと天野から聞いたことがある。天野の叔父が藩屋敷で務めていた頃の話で、その者は真剣を手放した事を同役に知られ、非常に恥じ入りその日のうちに自刃したらしい。

 斎藤は、貧窮したことはあっても幸運なことに自分の刀を手放すことはなかった。思えば、最初に生家を出て以来、ずっとそばに打刀を置いている。帯刀が禁止された今も、巡査の制服を身に着けている間は、今までと変わらず腰に刀を差していられる。剣術を磨き、いつでも刀を振るえるようにと上司の田丸警部、川路大警視からも激励されている。

 ありがたいことだ

 そう強く思い、己の境遇に感謝の気持ちでいっぱいになった。千鶴は、はじめさんが今も変わらず、刀を振るって市中を守っていらっしゃる事が立派で頼もしくて、私の自慢ですと笑っている。

「父さまは、本当にお強い真の武士ですから。豊誠も父さまを見習うのですよ」

 千鶴はそう言って、子供の頬についたご飯粒をとりながら嬉しそうに微笑んでいた。



****

向柳町の質屋

 五月の中旬、斎藤は神田の刀屋「飯田屋」へ仕事の空き時間に出向いた。主人の国太郎は午後は店を閉めたと言って、いつもとは違う上物の紬の長着姿で立っていた。斎藤が馬を引きながら歩くと、こちらでございますと、さっそく二人で河向こうの向柳町まで出かけて行った。

 歩きながら、国太郎は自分の父親である先代が、信濃高遠藩を離れて江戸で刀商を営むようになった話を始めた。高遠藩は戊辰の戦では早々に降伏し、新政府軍に恭順した。先代は

 越後戦線では使番として、刀や槍掛となっていたが戦場へは出ずに終わった。ご一新後はお役御免となった機に江戸に出て、刀研ぎをしながら刀商を始め、五年で旅籠町に店を構えた。その後一年経って先代は卒中で亡くなったという。国太郎は国元で育ち、十二で研ぎの修行に入ったという。元服しても城勤めには出ず、剣術より刀の手入れに夢中になっていたと話す。

「先代が構えた店を潰さないよう、日々精進してございます」

 控え目な性分がそのまま表れたような優しい笑顔で国太郎は笑う。士分として生まれ、瓦解後は国太郎のように己の好きな道を生業にできた者は幸せだと思う。斎藤は、好きな刀を手放さずに来れた自分の境遇も考えた。新しい世の中で、武士の生きる道がなくなった今、刀を持つ意味が見いだせない者は刀を手放し、その末はどうなるのか……。

 斎藤は考え続けた。十年ひと昔とはいえ、この国太郎の父が生きた世で、自分は刀を振るって戦った。あのまま瓦解がなければ、国太郎は信濃で刀を研ぎ続け、おそらく互いには出会う事はなかっただろう。

 それから向柳町の質屋を訪ねた斎藤たちは、店の奥の間で、夥しい数の質種として並んだ刀を前にした。斎藤は国太郎と一緒に一心不乱に刀を吟味した。手入れがぞんざいにされた業物など、どのような経緯で流れて来たのか、斎藤が京に居た頃、屯所に出入りしていた刀商が驚くようなひと振りを隠し持っていた事があった。斎藤は、次々に刀を手に取り確かめた。その中から何振りか気に入った刀を脇に分けるように置くと、質屋の主人に質値を尋ねた。どれも、瓦解前の京と変わらない。質屋の主人は、刀の値打ちを解っている男のようだった。

 斎藤は自分の気に入った刀は近いうちに買いに来るつもりだからと、質屋の主人に取り置きを頼んだ。質屋の主人は斎藤の申し入れを大層喜んだ。今回の政府のお触れで、刀が入るばかりで出ていかない。とんだ世の中になりました。そう言って、主人は笑った。

 斎藤は国太郎と一緒に旅籠町に戻った。目利きの国太郎も、良業物を質屋から五振り買い取っていた。

「わたしは良い刀が質種になっているのが嫌でございます」

 国太郎は真顔で話す。本当に、この者も自分と同じぐらいの刀馬鹿なのだなと、斎藤は心中でほほ笑んだ。

 類は友を呼ぶってね

 ふいに総司の声が耳元に聞こえた気がした。そうだな。刀が結んだ縁。このように、愛刀の研ぎを任せられる良い研師を東京で見つけられて良かったと思う。刀屋の店の前で、国太郎は、今、日本中の質屋を巡れば、名物や大業物を見つけられるかもしれないと笑っていた。斎藤は、巡察の合間に脇の質屋に良い刀が流れていないか見ておこうと国太郎に約束した。



****

 斎藤は、翌日から部下を連れての騎馬巡察の合間に、質屋を廻って質入れされている刀を吟味して廻った。天野は、斎藤が話す刀の蘊蓄を聞きながら、相伴を楽しんだ。

「さっき俺が手に取った【伊賀守金道】は、五代金道。通称右膳。伊賀守でも銘に【雷除】の二字を切るのは五代と六代だけだ。天明八年と切られてあった。どんぐり焼きの年だ。京が丸焼けになった。多くの刀が焼失した年だ。だが、五代金道はその年にも刀を打った」

斎藤がこのように一気に話すのは珍しい。天野は斎藤の流暢な講釈にただただ圧倒された。

「三品派。祖は【正宗十哲】のひとり、志津三郎兼氏の孫の関の兼道。初代は禁裏御用を賜った由緒ある刀工だ。二代目は雷を退けた為、【退雷】と銘を切った」

 斎藤は話始めると止まらない様子だった。天野はただ驚きながら話に聞き惚れた。

「あのような業物に出会うこと自体、京ならまだしも、東京で。それも刀商ではなく、あのような質屋にあるのだから、世の中はわからぬものだ」

 このように我を忘れて興奮している斎藤を天野は初めて見た。剣術大会で優勝しても、斎藤は嬉しそうに微笑みこそすれ、どこか冷静だった。そんな斎藤がこんなに嬉しそうに喋りつづけるのが珍しく、天野はずっと感心して相槌を打ち続けた。



*****

伊賀守金道

 その夜、夜行巡察に出る前に斎藤は千鶴に欲しい刀があると打ち明けた。

「伊賀守金道。五代金道だ。京でも滅多に見ることのない業物だ」

 千鶴は、斎藤が京の町で巡察の合間に刀商の店先の刀を夢中になって眺めていたのを思い出した。斎藤の目はきらきらとしていた。刀が大好きなはじめさん。千鶴は、斎藤が嬉しそうに話す様子を見てほほ笑んだ。上着を羽織った斎藤の前にしゃがんでベルトを通すのを手伝う。

「そんなにお気に召されたのでしたら、きっと良い刀なのでしょうね」

 千鶴は斎藤を見上げながら笑いかけた。

「多少値がはる。俺には手が出せぬ」

 斎藤がそう呟いた。千鶴が「おいくらですか?」と問いかけると。

「三十両だ」

 斎藤が呟くのを聞いて、千鶴は驚いた。そんなに高価な刀が……。

 絶句している千鶴を見て斎藤はほほ笑んだ。「質屋の言い値だから、買うなら今のうちだ」

「本当なら二百両はする代物だ」

 千鶴は更に驚いた。二百両の刀。瓦解前はそのような刀は局長の近藤が買っていたと思う。お金の価値が変わった今も、二百両を用意するには、どれぐらいの金が必要なのだろう。千鶴が溜息をついて考えていると、斎藤はさっさと準備を済ませて、居間を出ようとしていた。

「その刀には【雷除】の銘が切ってある」

「千鶴は雷が嫌いであろう」

 斎藤がそういうのを聞いて千鶴は頷いた。斎藤はほほ笑みながら、廊下に出て玄関に向かった。

 斎藤が巡察に出てから子供を寝かしつけて、片付けを終えた千鶴は改めて斎藤の欲しがっていた刀の事を思い出した。

「三十両……」

 診療所の床下にあった大判小判は、すでに全て太政官府の紙幣に換金してあった。三十両だと二百円だろうか。千鶴は紙幣を用意した。明日の朝、はじめさんが戻って来たら渡そう。



****

 翌朝、斎藤は巡察を終えて帰ってきた。

 今年に入ってから、廃刊になった反政府系新聞の関係者が毎夜会合を開いて出入りが活発になっている。

 斎藤は新富町で毎晩建屋の外から集会を張り込んでいて、疲労が極限に達していた。千鶴は、軽い朝食の後に、斎藤が仮眠をとれるように奥の間に布団を用意した。斎藤が、下着姿のまま布団に横になった背中から、掛布団をかけた。

「はじめさん、紙幣を二百円用意しました」

 そう語りかけた千鶴に、斎藤が驚いたような顔をして起き上がった。

「二百円。なんのことだ」

 斎藤は、千鶴が土方の革靴工場に出資する事を言っているのかと思った。

「伊賀守です。質屋さんでお買いになるって。仰っていたじゃありませんか」

「三十両に紙幣を充ててください。きっと二百円札で足りると思います」

 斎藤は驚いていた。刀に二百円を……。

 斎藤が正座したまま黙って考え込んでいるので、千鶴は「どうなさいました?」と斎藤の顔を覗き込んだ。

「いや、値が張り過ぎるとおもってな」

 斎藤はそう言ってまた黙って考え込んでいる。

「富くじでも当てれば、買えるやもな」

 斎藤は千鶴に微笑んだ。そして、再び布団に横になった。

「床下の大切な紙幣を、刀に換えるぐらいなら。ほかに使い途があろう……」

「だが礼を言う。紙幣を用意してくれてありがとう」

 斎藤は横になったまま微笑んだ。

「せっかく気に入った刀なのに、よろしいんですか?」と千鶴は尋ねた。

 斎藤は微笑みながら頷いた。

「ああ、夢の刀だと思っておくぐらいが丁度よい」

 斎藤はそう呟くと、枕を引き寄せて頭を載せなおした。

「あのような刀を質入れするには、よほど生活が困窮しているのであろう。持ち主がそれを受け出す時に流れていては気の毒だと思う」

 斎藤は、天井をじっと眺めながら静かに話している。

 刀との縁は不思議なものだ

「縁あれば千里ともいう。持ち主が手放したものでも再び手にすることもあろう」

 斎藤は千鶴の方に体を向けて、そう言った。

「それでは、元の持ち主に戻るようにはじめさんは願ってらっしゃるんですか」

 千鶴が尋ねると、斎藤は「ああ」と答えた。

「世の中がどうなるかは、俺にはわからぬ。だが、あの刀が錆付く前に元の主が再び刀身を手入れ出来る日が来ればよいと思う」

 斎藤はそう言ってほほ笑んだ。千鶴も一緒になって微笑んだ。

「はじめさんが、そう望まれるなら」

 千鶴は、目をつぶって眠り始めた夫に布団を掛けると、そっと奥の間を出て行った。



*****

武士の魂

 それから数日後、斎藤は再び天野と騎馬巡察に出たついでに、件の質屋に出向き、伊賀守金道を眺めた。質屋は何度も通う斎藤の足元を見て、言い値を五十両に釣り上げた。斎藤は、買う気はとっくに失せていたが、改めて目の前の五代金道の行く末とこの刀を手放した元主に思いを馳せた。

 武士の魂に言い値の価値か

 誰が元の持ち主であれ、巡り巡ってこの稀代の業物が本当の価値を知る者の手に渡ればよいと思う。そして、出来れば刀は武士の手で振るわれれば良いと思う。どのような目的であれ、刀は人を斬るものであることに変わりはない。

 再び馬に乗って道を行きながら、斎藤は自分の腰の刀に手をかけた。

 そうであろう、池田殿。

 心中で愛刀に問いかける。すると斎藤の掌に共鳴が返って来た。

 斎藤は、別の日に千鶴に頼んで用意した三十円を持って向柳町の質屋に向かった。主人に頼んで留め置いてもらった打刀を買い取るつもりだった。だが、もうすでに質は流れていた。残念に思いながら、斎藤の足は自然と神田旅籠町の【飯田屋】に向かっていた。

「いらっしゃいませ」

 笑顔で挨拶する国太郎の顔をみて、少し心が和んだ。斎藤は、店先に陳列された良い刀を眺めて楽しんだ。既に、向柳町で仕入れた良業物に研ぎを入れ、拵えを手入れしたものが飾られていた。見事な刀だった。

「あの日、脇に留め置いた刀が皆流れてしまっておった」

 斎藤が呟くように国太郎に報告した。国太郎は、斎藤を奥の間に連れて行くと、店の奥から刀を三振り持って出てきた。

「向柳町から流れる前に、こちらで買い求めておきました」

 そう笑顔で話す国太郎が斎藤の目の前に並べた刀は、どれも斎藤が質屋に留め置きを頼んでいたものだった。驚いた斎藤は言葉が出てこない。三振りとも丁寧に手入れを施され、質屋で見た時とは比べものにならない位の良品となっていた。

「藤田様は、大層なお目利きでございます。この三振りはどれも研ぎを施すと地沸がつく鍛で、直で焼きだした互の目が大きく乱れる刃紋が浮かび上がってきました」

「御覧ください、匂口が冴え渡っております」

「もし、お引き取りになられるようでしたら、どうぞ」

 そう言って国太郎は笑っている。どれも渾身の想いが込められた研ぎが施されているのは判った。斎藤は、三本全て頂きたいと返事をした。

 国太郎は斎藤が三十円を渡し、残りは別の日に払うと言っても、質屋の言い値以上を取ろうとしなかった。

「世の中をお守りになる刀です。私どもの研ぎでお役に立てるなら」

 そう言って丁寧に頭を下げる国太郎に、斎藤は重々に礼を言った。


***

 斎藤が刀を持ちかえって家に戻ると、千鶴は丁寧に刀を受け取った。その週が明ける頃には、千鶴は新しい刀袋を縫って仕上げた。藍の丈夫な布地で出来た袋には、それぞれ鍔の模様が白糸で印のようにつけてあった。

「新しい刀は、すべて【無銘】さんですね」

 そう言って千鶴は笑う。斎藤は、そんなことはない、どれも銘は切ってあるはず。そんな風に言って、刀身を確かめた。

 真剣な表情で刀身を眺めている斎藤を千鶴は微笑みながら眺めていた。こうして、新しく刀が夫の元にやって来た。主従は三世の縁があるというけれど。

 巡り巡ってこうして、はじめさんの元に。

 千鶴は自分と斎藤との縁は深いものだと思っていたが、こうして斎藤が大切に扱う刀にも深い縁があるものだと思う。そして、これからもこの縁が続くことを願った。世の中の移り変わりに関係なく続く縁。

 千里も万里も超えて

 いつまでも続きますように。

 千鶴が心の中でそっと祈っているのを箪笥の上の総司が微笑みながら見ていた。




つづく

→次話 明暁に向かいて その25




(2018.11.01)

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