終とはじめ

終とはじめ

薄桜鬼 銀魂クロスオーバー

雪村鋼道との対峙

 鳥羽伏見の戦いの後、新選組と共に江戸に戻った千鶴は実家の雪村診療所に出掛けて行った。

 斎藤は千鶴が屯所から独りで出掛けたと聞き、嫌な予感がした。江戸に戻ってから、斎藤は頻繁に羅刹の発作を起こし、前日も千鶴の目の前で不覚にも倒れてしまった。千鶴は羅刹に関する資料を実家に探しに戻っているのだろう。
 斎藤は直ぐに小石川にある雪村診療所に向かった。門をくぐった所で、千鶴と出くわした斎藤は、家の中から現れた雪村綱道と対面した。千鶴は泣き顔で、斎藤の背中に隠れて震えている。

 雪村綱道は嫌がる千鶴を西国の風間の元へ連れて行くと言う。斎藤は千鶴を背後に下がらせた。雪村綱道は鬼の姿に変化して、鋭い小刀を投げつけて来る。素早い動きに、斎藤も羅刹となって闘った。ちょうど陽が高く昇り、斎藤の全身を焼け尽くすようで、眼を開いている事も出来ない。
 斎藤は、躙り寄り渾身の一撃で綱道を斬りつけた。綱道は胸から肩にかけて袈裟懸けに斬られたが、傷は一瞬血を吹き出した後、みるみる間に癒えて消えて行く。斎藤は、続け様に太刀を浴びせた。綱道は、劣勢になると心の臓の部分を守りながら門の外に出て行った。

 斎藤は道の途中まで追い掛けて行ったが途中で力尽き倒れた。千鶴が駆け寄り、斎藤の名前を呼ぶ。斎藤は、全身が灼熱の炎に焼かれ、心の臓が握り潰される様な痛みで声を上げる事も出来ない。

 千鶴は斎藤を引き摺ずる様に抱え、門の影に座らせると、お薬と水を持って来ると言って診療所の中へ入って行った。斎藤は、そのまま気を失った。


****


 斎藤が眼を開けると、目の前に散り入れの様な木の箱が見えた。手に抜き身の刀を持ったまま身体を起こした。

(ここは、一体……)斎藤は辺りの様子を伺った。

 さっきまで雪村綱道を追っていた。小石川の武家屋敷の並びにあった診療所。だが、斎藤が立っているのは狭い路地裏で、既に陽は傾いている。あれから数刻経ったようだ。広い道に出てみると、固い地面が広がり、商いが出ている。

 見慣れぬ通りだ。それに何だこの音は。

 斎藤が振り仰ぐと、空に大きな箱が浮かんで動いていた。驚く斎藤を他所に、通りには奇妙な出立ちの人間、着物の下に股引を纏って、高下駄のような上げ底の履物で歩く女、顔は犬で、筒袖を着て歩く犬人間など、異様な光景を目にした。

 雪村の家から別の場所に迷い込んだらしいな。

 斎藤は刀を鞘に収めると、ゆっくりと辺りを見回しながら、診療所まで戻ろうとした。その時、道の向こう側から、人が大群で駆け込んで来た。皆、浪人風の出で立ちで、手には鉄砲の様な物を持っているものも居る。斎藤は、建物の庇に身を寄せて様子を見た。

「こんな風に追い立てられてたまるか。攘夷の名にかけて此処で事を果たそう」
「待ってください。この商店街を爆破すれば、逃げきれます。火薬は残ってます」

 追ってから大群で逃げて来たかの様に、慌てている男達は、武器や弾薬を抱えていて危険極まりない。

(この者達は、攘夷派志士か。火薬で爆破するだと)斎藤は、一歩踏み出した。

「止まれ。武器を棄てて神妙にしろ」

 斎藤は抜刀した。

「なんだと、お前」

 攘夷派志士が斬りかかって来た、斎藤は初太刀を躱すと躙り下がって構えた。

「新選組三番組組長斎藤一。逆らう者は斬り捨てる」

 新選組と聞いて、激昂した志士達は一斉に斬りかかって来た。斎藤は、荒々しい太刀を受けては切返し、次々に撃ち捨てて行った。攘夷志士の一人が、バズーカ砲を放った。斎藤は、背後に素早く飛び下がった。この時斎藤は既に羅刹と化し、辺りが砲弾で土煙りとなった中から、銀色の髪と血色の瞳を光らせた姿で現れた。


「まだ生きてるのか」

 驚いた志士達は、銃や槍を持って塊で斎藤に飛び掛った。

 その時、斎藤の頭上から黒い影が飛んで来た。斎藤の目の前に降り立ったのは、黒い筒袖姿の男。獅子の様な髪は大きく赤く、長い革靴を履き、背中に太刀を二本指している。志士達が放った銃弾を、其の男は背中の太刀を素早く抜いて防いだ。其れから、身を低くして、両刀で構えた。

「真選組だ、ヤっちまえ」

 志士達は叫びながら、目の前の男と斎藤に向かって来た。筒袖姿の男は、凄まじい勢いで攘夷志士を倒す。斎藤も前に出て、襲ってくる者は次々に倒した。周りを志士に囲まれながら、斎藤は筒袖男と背中を合わせ、斎藤は志士の軍団の左側、筒袖男は右側を攻める。銃弾を切らした者達は、刀で斬り込んで来たが、次々に斬り捨てられて行った。最後に残った志士は、斎藤が袈裟懸けに斬った後に、筒袖男が右側から喉元を逆手で斬り捨てた。一寸も違えぬ、精確さ、素早さ。斎藤は筒袖男の太刀筋に感心した。

 通りの向こうから大きな音をたてて箱車の様な物体が近づいて来た、赤い行灯が光を放ってグルグルと回っていて眩しい。箱車から、別の黒い筒袖姿の男が出て来て、辺りの惨状と斎藤達を見回していた。

 振り返った獅子頭の男は、斎藤に向かい刀を向けた。斎藤は刀を構え直した。

「会津藩お預かり、新選組三番組組長斎藤一。ここに居る者達は街に火薬を放つ攘夷志士故、成敗した」

 筒袖男は、暫く斎藤の事を見据えた後に刀を降ろすと、ゆっくり背中の鞘に収めた。斎藤はゆっくり自分に近ずく獅子頭の男が顔の覆いを取ったのを最後に、だんだん景色が白んでそのまま気を失った。


***

獅子頭の男

「終兄さん、随分派手にヤっちゃいやしたね」

 獅子頭の男の背後から、沖田総悟が笑いかけた。

 獅子頭の男は、斎藤の手から、打刀を取るとそっと鞘に仕舞って斎藤を助け起こしていた。斎藤の銀髪はゆっくり黒紫色に変わって行った。怪我は無いようだ。だが、顔色が悪い。

「生き残りですか? そいつは屯所に連行するんで」

 総悟は、そう言いながら、パトカーの無線を使って屯所に連絡を始めた。

「土方さん。はい、小石川の外れで。ほぼ全員壊滅です。ヤったのは終兄さんで」

「あと一人、攘夷志士の一人が。はい、銀髪で凄まじく腕の立つ奴でさあ。最初遠目に、万事屋の旦那かと思っちまいやした。屯所に。わかりやし……」

「あれ、終兄さん、救急車で奴と消えちまった」

「先に病院行くみたいです。此処の後処理にも応援必要なもんで、よろしくー」

 総悟は無線を切ると、攘夷志士達の身元確認の検分に向かった。


***

雪村診療所へZ


 救急車の中で、斎藤に寄り添う獅子頭の男は、斎藤が魘されたように「雪村、雪村の所へ戻らねば」と言っているのに気づいた。

 斎藤の口元に耳を近づけると、斎藤は薄っすらと目を開けて、獅子頭の男の肩を掴んだ。

「雪村診療所。小石川の雪村診療所へ。頼む」

 そう言ってまた気を失った。

 獅子頭の男は、懐から紙を出すと、携帯の筆で一筆書いた。

 運転席の救急隊員に紙を見せた。

《小石川 雪村診療所へZ。斎藤終》


「何、雪村診療所?聞いた事ねえな」

「乙、ってなんだよ」

「ちょっと検索かけてみろよ」

 救急隊員達は運転席の機械を操作して首を捻っている。

「おい、此れじゃねえか。ほら、【並行】ボタンの横にでてるぜ」

「なんだよ、この 【並行】 ボタンって。こんなの初めて見た。これやばい奴じゃね?」

「これ、許可ないと押しちゃいけないボタンだよ。赤色ボタンは全部特別司令でしか使えない。そうだそうだ」

 救急隊員は振り返って、窓の向こうの獅子頭の男に手を交差させて、行き先は無理だと知らせた。

 すかさず、獅子頭の男は別の紙に一筆書くと、ガラスに一面に、バンっと音をさせて貼り付けた。

《小石川 雪村診療所へ。粛清するZ。斎藤終Z》

 ガラスの向うに血走る男の瞳が見えた。

「もう、ボタン押すしかねえよ。だってこの人,真選組の斎藤終だろ。三番組の斎藤って、粛清するって決めたらその日の内に手を下すってよ」

 救急隊員の一人は震えだした。

「ボタン押して、雪村診療所着いたら、とっととクランケ降ろして戻って来よう」

「そ、そうするしかねえよ」

 救急隊員は決死の覚悟で 【並行】 ボタンを押した。車の周りが明るい光に包まれて、何度かの衝撃の後に、武家屋敷が連なる通りに出た。

 救急車は雪村診療所の門の前に到着した。救急隊員は、斎藤を降ろして、診療所の玄関から声をかけた。
中から、半泣き顔の女が出て来た。格好は男の様に袴姿で、「斎藤さん、斎藤さん」としきりに呼びかけている。

 救急隊員は診療所の診察台に斎藤を寝かせると、「外傷なし、チアノーゼ、脱水症状」と説明をして足早に去っていった。

 千鶴が玄関に出ると、獅子頭の洋装の男が大きな箱車の横で一礼をして車に乗り込むと、一瞬白い眩しい光を放った後に跡形もなく消えてしまった。

 千鶴は、診察台の上の斎藤の元に戻ると、自分の手首を切って血を含み、斎藤に口移しで血を与えた。ゴクリという音とともに、斎藤の顔色は血色を取り戻し、意識が戻った。

 ゆっくりと目を開くと、千鶴は涙を流しながら、良かったと笑顔を見せた。

 斎藤が羅刹の発作で倒れた後に姿が見えなくて、ほうぼうを探し回ったが見つからず、父様を追って薩摩に行ってしまわれたかと、そう言っておいおい声を上げて泣き出した。千鶴を宥め、斎藤は自分が不思議な江戸の市中で手練れの獅子頭の男と共に攘夷志士と闘ったことを話した。

「獅子頭の男の人は、さっき斎藤さんを連れて来た車に乗って帰ってしまわれました。筒袖の洋装で、丁寧に一礼されて。私、斎藤さんを助けてくださった御礼も言えず仕舞いでした」

「箱車の人達も、異人の様な格好でした。言葉も異人言葉だったのか。脱水症状、外傷なししか解らなくて」

「不思議な事があるものだな」

 斎藤は、血のついた千鶴の手首をそっと持つと、千鶴の口の周りの血をそっと指で拭った。

「あんたは、身を傷つけて血をくれたのだな。礼を言う。だが、俺はもう二度と血を口にはしない」

「羅刹の発作を抑える薬をもっと作ってみます」千鶴は、見つけた資料を風呂敷に包んだ。

「俺の事は心配には及ばぬ」

 斎藤は身仕舞を整えると、屯所に戻ろうと千鶴を促した。屯所に戻るとすっかり日が暮れて、斎藤と千鶴は遅い夕餉を済ませた。

 その夜の幹部会議で、甲府城を守る為に新選組は【甲陽鎮撫隊】と名を改めて甲府へ出立する事が言い渡された。鳥羽伏見の戦いで洋式の武器を扱う新政府軍には、幕府軍も洋式に切り替える必要がある。先ずは、隊服を洋装に変えると土方が指令を出し、幹部は準備された筒袖と革靴を支給された。局長の近藤の様に、一部の隊士達は洋装に抵抗があり、和装のままで通すと主張する者も居た。

 斎藤は部屋に筒袖一式を持ち帰った。衣裳箱から取り出した真新しい筒袖を行灯の光に当てて、つぶさに眺めた。昼間に、共に刀を振るった獅子頭の男も筒袖姿だった。

(かの者の上着は、もっと長かったな)

 斎藤は、袖を通してみた。革靴は苦労をして履いてみた。紐で調整出来るのか。この履物は、かの者と同じだ。斎藤は、昼間に会った筒袖男の出で立ちと立ち振る舞いを思い出した。

(俺も、筒袖でもっと早く動けるやもしれぬ)

 獅子頭の男の太刀筋は見事であった。両刀であそこ迄自在に刀を振る者は珍しい。斎藤は腰に晒しを巻くと、大小を指して、抜刀をしてみた。

(そうだ。この髪も長いままではいかん)

 斎藤は其の儘、右手で自分の髪を持つと、刀で束を切り落とした。頭が軽くなった気がした。

 翌朝、千鶴は洋装に断髪した斎藤の姿を見て、ぼーっと見惚れてしまった。釦の掛け違いをしている様だが、とても似合っていた。


***

エピローグ


 無許可で「並行」ボタン走行をしたとして、歌舞伎町管轄救急隊員は処分を受けたが、軽く済んだ。
斎藤終は、長い始末書を書いて警察庁に提出。長官松平片栗虎よりお咎め無しとされた。斎藤終が並行世界に送り届けた男は
「会津藩御預新選組三番組組長 斎藤一Z」として、斎藤終の日誌と心の中にしっかりと書き留められた。

 沖田総悟が目撃した通り、嘗ては「白夜叉」と呼ばれた、万事屋の旦那こと坂田銀時殿Zと見紛うぐらいの強さ。

 無駄口を叩かず、ひたすら剣を振るうその姿。迷いの無い、日本刀其の物の様な。

 俺もそうありたいZ

 屯所の一室で、斎藤終は筆を静かに置くと愛刀を持って道場の稽古に向かった。



 了





(2017.11.11)

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